法律相談室/画家 VS 批評家、美術史に残る「名誉毀損」裁判

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第21回 画家 VS 批評家、美術史に残る「名誉毀損」裁判

つい先日まで、世界でよく知られた肖像画の1つ、「画家の母の肖像」(1871年、ジェームズ・ホイッスラー作)がオーストラリアのビクトリア国立美術館に来ていました。アメリカ出身のホイッスラーは後半生をロンドンで過ごしましたが、日本美術などの影響も受けながら、その作風は印象派に傾きました。

今から139年前の1877年7月、ホイッスラーがイギリスの著名美術評論家ジョン・ラスキンを名誉毀損で訴えるという、美術史において最も有名な裁判が行われました。

ホイッスラーの「黒と金色のノクターン−落下する花火」(1875年)という抽象的な絵画について、ラスキンは「ホイッスラーは公衆の面前に1瓶の絵の具を投げつけることで200ギニー(当時としては高額)を要求している」と酷評、扇動的に批判しました。つまり、価格に見合わない絵だという批判。問題の絵画は、キャンバスの大部分が墨色で、夜のテムズ川に打ち上げられた花火の、落下する火花のイメージ(官能的と表現する人もいる)が描かれています。

こうしたラスキンの批評は、モダン・アートを「詐欺」として拒絶するものでした。ホイッスラーはラスキンを名誉毀損で訴え、当時の価値としては莫大な1,000ポンドと訴訟費用の支払いを要求。審理では、評論家の権利と義務について法的論争が起こりました。例えば、絵画に対して否定的な感想を持ったとしても、評論家は本音を自由に表現しても構わないのか、などです。

審理中、ラスキンの法廷弁護士がホイッスラーに“knock off a picture”(=絵を急いで描き終える)という口語表現を使って「この絵を仕上げるのにどれくらいかかったか?」と尋ねました。ホイッスラーが「2日間で完成させた」と答えると、ラスキンの弁護士は「たった2日間の労力に200ギニーもの値をつけるのは法外だ」と述べ、これに対しホイッスラーは「私は全生涯の経験によってそれを描いた」とドラマチックに返答しました。

結局この裁判は、画家ホイッスラーの勝訴で終わったものの、陪審員がラスキンに命じた賠償額は、当時使用されていた最小の硬貨1枚分だけ(つまり賠償なし同然)で、ホイッスラーが求めた訴訟費用の支払いは命じられませんでした。ラスキンが負った訴訟費用は、彼の友人たちが負担しましたが、ホイッスラーは訴訟費用のせいで破産に追い込まれました。

裁判沙汰になったホイッスラーの絵画「ノクターン」のシリーズは売買取引不可となり、ラスキンは多額の賠償金の支払いを回避したものの、評論家としての権利がイギリスの法制度によって拒否されたことにショックを受けました。今回は、芸術作品への「批評」が裁判にまで発展したケースをお伝えしました。


ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として24年以上の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。

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