【今さら聞けない経済学】変動相場制の良いところって?

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第6回:変動相場制の良いところって?

固定相場制のおさらい

前回までに学んできたように、外国為替相場制度には大きく分けて固定相場制と変動相場制の2つの制度があります。まず固定相場制とは何か、少しおさらいしておきしょう。

固定相場制とは、ドルと円の相場(値段)が「1ドル=何円」としっかりと「固定」しているという制度でした。この制度の下では、あらかじめ決められた金額のお金が手元に入るため、世界のお金の取引はとても安心して実行できました。

しかしこの制度は、アメリカという政治的にも経済的にも「絶対的な地位」にある国の力に頼って成り立っていました。つまり、ドルというアメリカの通貨を世界の通貨の中心(基軸通貨)として、それぞれをしっかりと結びつけたのです。また、アメリカの国内通貨を世界の取引に用いる国際通貨とするために、ドルの価値を金と結びつけました。これにより、ドルを持つことは金を持つことですよ、と世界に信じさせてドルを基軸通貨と決めたのです。

ところが、1960年代後半からベトナム戦争の拡大と貿易戦争という「2つの戦争」によって国力をすっかり落としてしまったアメリカは、世界経済において絶対的な力を失ってしまいました。それによって世界の国々は通貨の中心をなくし、バラバラに歩み始めることになりました。

1ドル=360円から、円の切り上げ

私は、とても印象的な経験をしたことがあります。71年の夏ごろ、名古屋市立大学の大学院で学生として勉強していた時、恩師の柴田裕先生から講義中に「円の切り上げとは何か、理論的に説明しなさい」と指名されました。恥ずかしいことに、そんな言葉を聞いたこともなかった私が黙っていると、「大学院生にもなって円の切り上げを知らないとは」と叱られました。私はそれを契機に為替相場制度についての勉強を始めたので、今でも柴田先生のその強い「お叱り」にはとても感謝しています。

今では考えられないかもしれませんが、当時、日本では「円の切り上げ」などという専門用語に精通している人は、あまり多くありませんでした。というのも、人々は長い間「1ドルは360円」と疑うことなく日々商売をしてきたため、円の切り上げというものを体験したことがなかったからです。しかし71年8月15日のニクソン・ショックに端を発して、円の価値はドルに対してどんどん変化していき、12月にはついに300円近くになりました。つまり円は、ドルに対して一気に「切り上がって」しまったのです。

「円の切り上げ」は「黒舟の来襲」として日本中で恐れられました。それまで1ドルあたり360円入ってきたものが300円しか入らなくなったのですから、それはそれは日本中の企業にとって大変なことでした。

未知の領域、変動相場制

為替相場が不安定になり、輸出をしてもいくら入ってくるのか決まらなくなったことで、世界の国々はとても不安な状態に陥りました。国際通貨体制は73年の春、これまで世界経済が直面したことのない「未知の領域」に突入していったのです。それは、変動相場制というシステムを意味していました。

それまでは絶対的に強かったアメリカ経済を基に国際通貨基金(IMF)が1ドル=360円と決めていましたが、その体制が崩れてしまったのです。これを「国際通貨体制の崩壊」と言い、世界は危機状態に陥っていました。

そこで世界の主要国は「固定相場制」を放棄して「変動相場制」へと移行することを決定したのです。変動相場制は、大まかに言って2つの形態があります。1つは、自由変動相場制です。これは外国為替市場で外国為替の需要と供給とによって為替相場が完全に決定されるものです。2つ目は、管理変動相場制。これは今ある基準から為替相場が大幅に乖離(かいり)することを防ぐために、外国為替市場に通貨当局が介入して為替相場を操作することを前提とした制度です。

主要先進国は、基本的には自由変動相場制の下で経済を運営しています。しかし、為替相場が大幅に変動して国の経済を危機に陥れるような局面になると、その国の通貨当局は為替相場をあるべき状態にすべく外国為替市場に「介入」することもあります。具体的には、今もし「急激な円高」が発生して日本の輸出に考えられないような損害が発生したら、日本の通貨当局は外国為替市場でドルを買い占め本来あるべき相場に戻す、という政策を採ります。ただこれをたびたび実行すると、日本は自分勝手だと世界の国々から信用されなくなりますので、あまり実行されることはありません。

変動相場制のメカニズムって?

どんな制度にも良い点と悪い点があります。世界経済の中心をなす変動相場制も同様です。当然のことですが、固定相場制によって成り立っていた世界経済は行き詰まりを解消するために変動相場制を取り入れましたが、決して世界は変動相場制が最良の制度だという意見で一致していたわけではありません。今でもそうですが、当時は変動相場制の採用しか道はなかったのです。その上で、変動相場制の良い点を考えてみましょう。

 

<変動相場制の利点①>

変動相場制の下では、ある国の対外不均衡は自動的に解消される、ということが考えられます。対外不均衡とは、「ある国の国際収支の大幅な赤字・黒字」のことです。たとえば、日本の国際収支が大幅な黒字になったとき、日本の外国為替市場に大量のドルの流入が発生します。その結果、「ドル安・円高」という状態になり、この円高で日本の財に対する海外からの需要は抑えられ、結果的に日本の輸出は減少することになります。つまり、初期にあった日本の国際収支の大幅な黒字は変動相場制の下では自動的に解消される、と考えられるのです。これを変動相場制の自動調整メカニズムと言い、変動相場制の大きなメリットだと考えられています。

「日本の大幅な黒字は良いことなのでは?」と思うかもしれませんが、日本を世界の一員として考えると、そうとも言い切れません。なぜなら、日本だけが一方的に黒字になるということは、相手は赤字になるということなのですから。「世界中の国がともに発展しましょう」という考えで成り立っているのが今の世界経済のあり方です。

確かに固定相場制の下では1ドルは360円と固定されていましたので、日本の国際収支がどんどん黒字になっても1ドルは360円のままであり、日本の生産物は安いままでどんどん他国で買われる、ということがありました。それをして固定相場制の時は「日本の1人勝ち」などと世界から揶揄されてもいました。

 

<変動相場制の利点②>

変動相場制だと投機的な資本の流入が少ないことも考えられます。この投機的な資本の流入とは、為替の急激な変動を利用して利益を得ようと入ってくる外国投資のことを意味します。例えば世界的な「投資ファンド」や、強大な資金を運用する「機関投資家」などは、ある国の為替の変動に利益を求めようと一気に大量の資金を流入させます。この投機的な資本のことをホット・マネーとも呼びます。

ホット(Hot)とは主に「暑い」または「熱い」という意味ですが、さらに「浮気な」とか、「好色的な」という意味もあります(ですから「Hot girl」には気を付けましょう、ということになります。ついつい横道にそれました)。ホット・マネーとは、「何か上手い話はないのか」という鵜の目・鷹の目で世界を見回し、「そうだ、日本の為替が急激に変わりそうだ」と見つけるとドーッと入って来て、短期で利益を上げドーッと出ていってしまう、という性質の資金の出入りのことを意味します。変動相場制の下では為替相場は日に日に変動する、つまり急激な変動を回避することから、為替差益を求めて流出入する度合いは低い、と考えられます。これは投機的な資本の流出入によってかく乱される度合いが低いということです。

 

<変動相場制の利点③>

為替相場の変動によって自国の国際収支は理論的には自動的に均衡するので、その国の政府は国際収支の問題に頭を使う必要は多くないでしょう。つまり自国の政府は主として自国内の対内均衡(インフレやデフレ)の克服に注意を払えば良い、というのも変動相場制の利点です。

 

<変動相場制の利点④>

為替相場は外国為替相場で自動的に調整されるので、一国の通貨当局は為替相場をあるべき姿に戻すための資金を持つ必要がない、つまり介入資金の必要がありません。よって、外貨準備をあまり持つ必要がないことも変動相場制の利点の1つと言えます。

そのほかにも利点はありますが、このように変動相場制はいわば「良いことずくめ」と変動相場制を擁護してきた専門家は言いました。しかし変動相場制の下に置かれた世界経済の実情を見てみると、「良いこと」ばかりが起きているとは決して言えず、上で述べた変動相場制の利点に大して効果はなく、世界は混乱状態に陥っているようにも見えます。

次回は、為替相場の変動から逃れるための方策はあるのか、もしあるとすればそれは何なのかを考えてみましょう。


岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了、フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業析研究所主宰

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