【今さら聞けない経済学】どの国の通貨が「国際通貨」になるの?

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第8回:どの国の通貨が「国際通貨」になるの?

この地球上に「世界連邦国」がない限り「世界通貨」の誕生はあり得ない、と言えるでしょう。世界には約200の国と地域が存在し、それぞれに自国の通貨があります。自国の通貨を持つということは「独立国」の証でもあるわけです。

しかし、いかなる独立国といえども今の世界では自国だけでは生きてはいけず、お互いに自国で生産できない物を他国から譲ってもらいながら自国経済を発展させていかなければなりません。これは「永遠の真理」であり、その良い例が日本です。日本では生産活動に絶対欠かせない石油や鉱物資源を国内では入手できません。そこで石油を主として中近東から、鉱物資源をオーストラリアから輸入しています。

また、例え自国で生産できる物も他国でより効率的に生産できる場合は、輸入したほうが自国の人々にとってより有利だということも事実です。アメリカでは良い車が生産されていますが、より優れた車が日本からどんどん輸出されています。これぞまさに、近代経済学の理論である「自由貿易の利益」というものです。

さて、その自由貿易の利益が成り立つためには絶対欠かせないのが通貨です。物を売ったら必ず支払い、受け取りが必要となり、その方法が重要になってきます。国同士が輸出入をする時、それを仲介してくれるのが通貨であり、その通貨を「国際通貨」と呼びます。前回までのおさらいもしつつ、これまでの国際通貨の在り方をきちんと理解しておきましょう。

国際通貨の誕生

以前、主たる国際通貨として使用されていたのは「金(きん)」でした。その理由は金が人々の間で一番信用があったためで、それぞれの国の通貨当局は自国の通貨を発行する際に、金と通貨とをしっかりと結びつけて通貨の価値を決めていました。したがって金が一番重要だったのです。これを「金本位制」といいます。「本位」とは「何かの中心」を指しており、この金本位制とはまさに「貨幣経済の中心となる制度」を意味します。ある国の「通貨を発行」する時にこの金に基づき発行する、というのが金本位制なのです。この制度の下では、金がなければその国の通貨は発行できない、ということになります。つまり、金がその国の中心だったのです。その際、国と国との貿易の支払い・受け取りは金でなされました。つまり「A国の輸出増大⇒A国への金の流入⇒A国の通貨増大⇒A国の経済向上⇒A国からの輸出増大⇒世界経済の向上」という図式で国際経済は成り立っており、そのため金が「国際通貨」となってもてはやされていたのです。

しかし逆のことも言えます。つまり、「輸出減少⇒金の流入減少⇒通貨発行の減少⇒経済の低下⇒世界経済の低下」。この図式は、世界経済の成長は「金の量」に依存していたということを意味しています。

世界経済の再構築 ~国際通貨制度体制の確立~

上の構図から分かることは、金がそれぞれの国の「首根っこ」を掴んでいたということです。では金がない国はどうしたのでしょうか?金がない国は「持たない国」同士で結ばれるようになったのです。考えてみると日本もドイツもイタリアも、いわば「持たない国」でした。これらの国はお互いにいたわりあって保護貿易を敢行し、「持てる国」と一戦を交える、というような惨めな戦いをしたとも言えます。

そこで、もうこんな制度はやめよう、ということになり、第2次世界大戦が終わる直前、1944年7月にアメリカのニューハンプシャー州のブレトン・ウッズという小さな町で、戦争に絶対に勝つと思われた国々の金融・経済関係の専門家が集まり、「もう二度と人間が人間を銃で殺すというような悲惨な世界大戦をしない」という信念の下、世界の通貨体制の構築に向けた会議を開きました。そこで活躍したのが、あの有名なイギリスの経済学者ケインズです。

ケインズは「戦争をしないためには世界通貨の構築が必要である」と世界通貨制度の確立の必要性を叫びました。しかし当時、その戦争で絶対的な力を発揮したアメリカがその絶大な経済力を背景に、アメリカ経済を中心とした国際通貨体制の確立を強力に推し進めたのです。そこで確立されたのが、国際通貨基金(IMF)を中心とした国際通貨制度で、これは発祥の地の名前を取ってブレトン・ウッズ体制と呼ばれました。

ブレトン・ウッズ体制は、アメリカの国民通貨・ドルの価値を金としっかり結び付け(金1オンス=35ドル)、その上でドルを中心に各国の通貨価値を結び付けようとした制度でした(金・ドル体制)。ドルと各国の通貨は決まった相場(レート)で結ばれ、IMFの許可がない限りその相場の変更を認めないという固定相場制が成立していました。つまりアメリカの「国民通貨」が「国際通貨」になったのです。このように、ドルを中心として戦後の国際通貨体制は確立されました。

日本も、その「恩恵」を受けた超本人です。IMFは49年に、円とドルとの交換レートを「1ドル=360円」と決めてくれたのです。この時点で終戦から4年しか経っておらず、日本経済はまだまだドン底。そんな事情をくんでくれたのか、IMFは今では考えられないほど日本に「有利」な、「超ドル高=円安」なレートを設定してくれました。

戦争により壊滅的な打撃を受けたとはいえ、当時の日本の生産力は日本人の持つ潜在的な優秀さと勤労意欲の高さ、さらに50年に始まった「朝鮮戦争の特需」の恩恵を受けて、奇跡的な回復力を見せ、日本経済は「驚異的な成長」を遂げました。もちろんその背景にアメリカの強力な経済援助があったことはれっきとした事実です。

1豪ドル=400円の時代

1ドル=360円というレートの下では日本製品はアメリカで安く販売でき、そのためどんどん輸出されるようになりました。日本製品は価格の面で「きわめて有利」な状態で、国際貿易において利益をむさぼるようになったのです。

ちなみにその頃、オーストラリアはどうだったのでしょう?少しだけ話が横道にそれますが、私が80年代の始めにオーストラリアを初めて訪問した時にジョン・ミルトン=スミスさんという大学の先生にお会いし、以来友情を育んできました。彼はメルボルンのRMIT大学の経営学部長、後にパースのカーティン大学の副学長をされた方で、彼に「カツジ、よく覚えておいてほしい。1豪ドルが400円という時代があったことを」と言われたことが今でも印象に残っています。本当にそんな時代があったのです。

その後私がオーストラリアをしばしば訪問するようになってからは、もう1豪ドルは70円や75円となり、豪ドルはとても「安く」、オーストラリアは日本からはとても「行きやすい国」となっていました。スミス先生は先頃お亡くなりになりましたが、私がオーストラリアを好きになったのもこの先生との友情のお陰です。

オーストラリアは「Happy people in lucky country」と言われていたように、資源に恵まれたとてもラッキーな国と見られ、貧しい日本からすると「憧れの国」でした。豪ドルは非常に高く、少し資源を輸出するだけで収入がドッと入って来るという構図。何せ1豪ドル=400円の時代です。しかしそんな時代はとうの昔となり、豪ドルは円に対して安くなる一方でした。

ドル体制の崩壊、円高の始まり

さて、アメリカの話に戻りましょう。ベトナム戦争を推し進め、また日本との貿易戦争という2つの戦争の結果、60年代後半からアメリカの経済は急速に弱体化し、そのあおりで国際収支と財政収支両方の赤字(双子の赤字)という状態に陥りました。そんなアメリカにはもはや昔の面影もなくなりました。

そこで、弱いアメリカ経済と強い日本経済、という図式が出来上がりました。もちろん強くなったのは日本だけでなく、日本と一緒に「敗戦国」となったドイツも同様でした。つまり、アメリカ経済の信用度の急速な低下とともに、アメリカからドルがどんどんと流出し始めたのです。すると各国は取引の際に、信用度の低いドルの代わりに「金をくれ」とアメリカに要求するようになりました。

ドルが国際通貨となった背景をもう一度考えてみましょう。金・ドル体制の下ではドルと金とはしっかりと結ばれ、ドルを持つ=金を持つということでした。しかしそこで「弱くなったドルは国際通貨として信用ならない、金をくれ」と各国はいっせいにアメリカに金を要求しだしたのです。するとみるみるうちにアメリカの手持ちの金が減少していき、「世界から要求されてもアメリカには金はもうないぞ」となり、当時のニクソン大統領は71年8月15日、「金とドルとの交換停止」という声明を世界に向けて発しました(ニクソン・ショック)。当時は世界がひっくり返るのではと恐れられました。この声明をもってIMFの国際通貨体制の本幹である金・ドル体制に基づく固定相場制は崩壊してしまったのです。

こうして世界経済の最も大切な国際取引上の「支払い・受け取り」の形態が大きく変わることになりました。次回は「変化した国際通貨体制」について、さらに日本の円は果たして「国際通貨」となれるのか、その可能性についても考えてみましょう。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了、フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業析研究所主宰

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