【今さら聞けない経済学】「国際通貨」の誕生と移り変わり

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第10回:「国際通貨」の誕生と移り変わり

市場メカニズム」とは?

私の「大学の教師」としての仕事には「講演」も含まれます。ある時、お招きを受けた講演で現在日本と世界が抱えている経済問題について話しました。講演後の質疑応答の際、1人の初老の紳士から「初歩的で恐縮ですが、市場メカニズムとは何ですか?」という質問を受けました。まさに「今さら聞けない経済学」といった質問で、びっくりするやらうれしいやら。そこで「物やサービスが取引される場所が『市場』であり、取引される物とサービスの価格が市場で決まる仕組みが『市場メカニズム』です」とお答えしました。

すると更に紳士は「サービスとは何ですか?」と質問されました。おそらく、商店街の八百屋で聞く「さあ、サービスしときまっせ」などという言葉を思い出したのかもしれません。そこで私は「本日、皆さんからお招きを受け講演をさせて頂きました。後で主催者より、ありがたいことに講演料を頂きます。それは私の講演という『サービス』の対価として頂くものです」とご説明しました。その紳士は納得したという顔をしてくださり、私もホッとしました。サービスとは、一般に「用役」という言葉として理解されています。

市場に参加するのは物を作る人(供給)と物を買う人(需要)の2者であり、この2者の「力関係」によってあらゆる財とサービスの価格(値段)が決まる、というのが市場メカニズムです。これは経済学の基本中の基本と言えます。

例えば、2016年に入っていきなり株式相場は世界的に急激な変動を繰り返していますが、この「株式相場」も「株式市場」であり、株を売る人と買う人の力関係の変化に応じて、上がったり下がったりします。これが、自由主義経済の基本です。

国際通貨の歴史

さて先回、「次回は、中国の人民元の国際化について」と予告しました。しかしまずは国際通貨の成り立ちについて今少し掘り下げて考えることが必要だと思いますので、今回は「国際通貨の歩み」についてお話します(皆さんもご存知のように、今年に入って中国経済が大きく動き始め、「人民元」も激しく変動していますので、少し様子を見て次回以降に日本の円と中国の人民元のそれぞれの「国際通貨への道」を考えましょう)。

「国際通貨」に厳密な定義は無い、と前回このコラムでお伝えしました(第9回:日本の円は「国際通貨」になれる?/Web: nichigopress.jp/category/account/imasara-keizai)。事実、この通貨だけが国際通貨だ、という通貨はありません。しかし、どの通貨でも国際通貨になれるわけではなく、国際通貨となるには厳しい条件がある、ということも前回述べた通りです。

経済史の書物をひも解くと、国際通貨として最初に広く使われたのはオランダの通貨「ギルダー」だということが分かります。期間は1600年から1760年の間頃とされています。オランダの通貨が国際通貨になることができた理由は、16世紀末から17世紀初頭にかけて勃発した「英西戦争(イギリス・スペイン戦争)」にあります。

当時、無敵艦隊を有していたスペインですが、イギリスとの海戦に破れて一気に力を失いました。そこで、スペインの経済的な後ろ盾であったイタリアの金融商たちはイタリアから逃れ、オランダのアムステルダムに居を移して経済の建て直しを図りました。そして資金力にものを言わせて世界最強の海軍団をオランダに作りあげ、軍事的のみならず経済的にも世界を広く支配するようになりました。

事実、オランダは17世紀初頭には既にインドに東インド会社を設立し、当時ヨーロッパの人々が好んだ香辛料をアジアから独占的に入手し、ヨーロッパに持ち込みました。さらに商品の交換媒体としてオランダの通貨ギルダーを使うようになり、そこでギルダーが国際通貨となったのです。それは18世紀半ばまで続きました。

大英帝国の「ポンド」と「金」

しかし18世紀後半になると事情は急変します。世界の科学の英知が集まったイギリスで、これまで人々が目にしたことのない文明の力が次々に発明され、イギリスは世界の産業における中心地として飛躍的に発展。イギリスの「産業革命」の始まりです。

イギリスは次々に発明された強力な動力機を基に経済力を強化。世界の海を制覇し、大英帝国を誕生させました。その先鋭隊となったのが、大英帝国の通貨「ポンド」です。つまり、ポンドを国際通貨として世界の7つの海を制し、多くの土地を自国の植民地にして財力を手中に収め、一大帝国を築いたのでした。

豊かになったイギリスは、「金」も十分に手に入れていたと思われます。そこでイギリス政府は、国際通貨となったポンドの価値を「金」と結びつけたのです(金本位制)。これにより「ポンドの後ろにはいつも『金』が控えていますので、安心してポンドと取引してください」と世界に知らしめ、ますますポンドによって世界からの富を手中に収めることとなりました。

また、世界での取引に金そのものも使われるようになり、国際通貨として「金」は最も価値が高くなりました。国同士が貿易をする際、その支払い・受け取りを「金」で実行するのです。これは、各国が自国通貨に金本位制を採用しており、金に「絶対的な価値」があったということです。

「金本位制」と国際通貨としての米ドル

この「本位制」という言葉は、なかなか分かりにくいものです。簡単に理解するために「本」当に大切な「位」地に立つ「制」度、と考えてみても良いかもしれません。

日本で1980年代終わりから90年代中頃にかけてのバブル期、地代がとても高くて土地が人々の「高嶺の花」であった時、全ての物の価値は「土地に起因」していました。日本では「土地本位制」という言葉さえ口にされたほどです。また、農業が中心だったときには、「農業本位制」などという言葉もありました。

つまり、金本位制とは、各国の通貨当局は金に基づいて自国通貨の発行を行うという制度です。その国が金を手に入れると、それを基に自国通貨を発行する。つまり、金がなければ通貨が発行できなかったのです。ある国の輸出が増えると、どんどん金が入って来て、それに基づいて貨幣が発行されます。するとその国の経済は活発化することになるのです。また逆に、輸入が増える、金が出て行く、自国通貨の発行が減少する、するとその国の経済は停滞する、といった循環が考えられます。

日の出の勢いであったイギリス経済にも1870年頃から衰退の兆しが見られるようになりました。それは産業革命の波がイギリスからアメリカへと渡り、イギリスで芽が出たさまざまな文明がアメリカでより大きな花を咲かせるようになったためです。つまり、アメリカでより大きな機械産業が発展し、アメリカの経済が世界経済の中心的存在になっていったのです。

島国であるイギリスの戦いの歴史を見ると、どことなく日本の生き様と似ており、同情と親しみを覚えます。かつてイギリスは7つの海を手中に収め、世界の新大陸にたくさんの植民地を作り、世界地図を自国の色で塗りつぶしてきました。しかし、そんなイギリスも1914年に始まった第1次大戦では4年間という長い年月をドイツと死闘を続け、過去の大英帝国の遺産をすっかり失ってしまいました。追い討ちをかけるように1939年に勃発した第2次大戦では、再度ドイツと血で血を洗うような戦闘を長年にわたり繰り広げ、やっとの思いで戦勝国となったものの、かつての大英帝国の面影はすっかり消え失せてしまいました。

国際通貨としてのポンドの力も小さくなり、イギリスの経済力低下に伴い、通貨の重要性もポンドからアメリカのドルに移り、ドルが国際通貨体制の中心になってきたのです。強大な経済力ゆえにアメリカは国際取引で金を大量に入手するようになり、そこから米ドルを国際通貨として、世界経済に君臨するようになりました。

第2次世界大戦で絶大なる力を示したアメリカには、戦争が終了するとますます世界から富が集中するようになり、世界中がアメリカの経済力に頼る、という有り様でした。「アメリカがくしゃみをすれば世界は風邪を引き、日本は肺炎になり、死に至る」とまで言われたのです。

当然、アメリカのドルは国際通貨として絶対的な地位を得ていました。ドルがなければ世界で貿易取引ができないという仕組みだったため、全ての国がアメリカのドルを望んだのです。そのドルの価値をしっかりと固定したのが、「金」の存在でした。アメリカは、その経済力にものを言わせて大量に金を蓄えたのです。

「アメリカ=お金持ちの国=金の存在」という方程式ができ上がっており、戦後の世界経済はこの方程式を軸として構築されてきました。これがまた、これまでしばしばこのコラムでも見てきたように「IMF体制の構築の礎」でした。IMF体制は、金に裏づけられたアメリカの通貨ドルによって世界は動いていた、という証です。

しかし、1965年頃から本格化したベトナム戦争への戦費の増大による「財政の赤字」と、主として日本との貿易戦争による赤字という「双子の赤字」によってアメリカ経済は次第に弱体化。70年代に入るともはやアメリカ経済は世界から見放されるようになりました。とりわけ、ヨーロッパの国々はアメリカへの「依存からの脱却」を図り、99年にはヨーロッパに統一通貨圏を構築して「ユーロ」という通貨を作り出したのです。そこで、今の世界はドルとユーロの2つの国際通貨を中心に動いている、と考えられています。

世界経済の複雑性が増すにつれて、国際通貨の問題も更に複雑に展開していくと思われます。私たちは、この問題から目を話せない状態にあるということです。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了、フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業析研究所主宰

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