【今さら聞けない経済学】国際通貨競争 ~人民元と日本の円~

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第11回:国際通貨競争 ~人民元と日本の円~

マイナス金利とは何か

『日豪プレス』を読んでいらっしゃる皆さんも、日本で今問題になっている「マイナス金利」のことはインターネットやテレビなどを通じてご存知でしょう。そこで今回は、「国際通貨競争」の話に入る前に、緊急を要するマイナス金利の問題をまず考えてみましょう。

金利に「マイナス」があるとは、一体何を意味するのでしょうか。現実の経済の下では、「マイナス金利」など、これまでに一度も起こったことがない現象です。世の中には「ただのものはない」といわれますが、まさにその通りです。そこで考えるのは、「金利とは何か」です。金利とは「お金の価格」であり、お金を借りるときに支払う価格です。世の中の誰もお金をただで貸してはくれないので、金利を払ってお金を借りるのです。そこで金利とはお金という商品に付けられた価格、ということです。

例えば皆さんが銀行にお金を預けると、きっと銀行が皆さんに金利をくれます。銀行へたくさんお金を預けるとたくさんの預金金利を銀行からもらえるので、だから人々はお金を銀行に預けるのです。また、別の見方をすれば、銀行は皆さんから「代金」を払ってお金を借りると言うことです。

さて、これと逆にマイナス金利とは、銀行にお金を預けると「預け代」を取られてしまうということなのです。今回のマイナス金利は、一般の銀行が日本銀行にお金を預けた時、その預け代として金利を取られることを意味しています。

まず金融システムは、次のような構図によって成り立っています。皆さんが民間の銀行に預金し、そのお金を銀行は日本銀行に預け、すると銀行は日銀から利子(金利)としてお金をもらい、それは銀行の収入となります。しかし今回のマイナス金利とは、民間の銀行が日本銀行に預けたら逆に「預け料」を取られるのです。これでは銀行はたまったものではありません。そこで大きな問題となっているのです。銀行の収益はどんどん下がってしまいます。そこで銀行の株がどんどん下がり、それが発端として日本では株価が一挙にドーッと下がってしまったのです。

貨幣数量説と日本銀行のマイナス金利政策

なぜこれまで聞いたこともないような「マイナス金利」という政策を日本銀行は導入したのでしょうか。それは、民間の銀行から一向に貨幣が市中に出回っていかないからです。経済学の分野ではよく知られた「貨幣数量説」という理論があります。これはアメリカの有名な経済学者アービン・フィッシャーが唱えた理論で、この理論によれば、金融政策によって貨幣の量を増大すれば物価水準は上昇する、という理論です。それは次のような簡単な1つの式によって表されます。

 M・V=T・P

ここでMとは貨幣の量、Vとは貨幣の流通速度(お金が人から人へと、どれぐらいの早さで渡っていくか)、Tとは生産量、Pとは物価を表します。話を簡単にするために、ここではVとTはあまりすぐには変化しない、と仮定します。すると上の式は「M=P」と簡単な式になります。この式はとても大切なことを意味しており、Mとは通貨当局による貨幣量の増大を意味します。そこでMが増大すればPも上昇します。つまり、日本銀行によって通貨が増大されれば物価は上昇する、ということです。今回のマイナス金利の背後には、まさにこの「構図」があります。

ところでこのフィッシャーという学者ですが、皆さんはきっと大学の経済学の講義で名前を聞いたことがあると思います。フィッシャーという人は、アメリカのイェール大学を卒業し、そこでずっと教授を務めたとても偉大な経済学者でした。アメリカが生んだ最高の経済学者とも言われています。

経済学の分野では、アダム・スミスが生んだ経済学を古典学派といいます。それを広めたのが「新古典学派」といい、その中心人物の1人がこのフィッシャーという学者です。フィッシャーは上述の有名な理論を唱え、とても大きな影響をもたらしました。特にその影響を強く受けたのが、あの有名なミルトン・フリードマンでした。フィッシャーは晩年、世界大恐慌(1929~33年)時に株の取引に手を出して一文無しとなり、地獄を見たとまで言われています。「学者」って不思議な行動を取るものですね。

さてマイナス金利の問題に戻りますが、マイナス金利の導入によって「民間の銀行は日本銀行へは預金しなくなり、そのお金をどんどん民間の企業などに貸し付けるなどして市中に振り向けるでしょう。すると市中において貨幣の量は増大して物価は上昇するでしょう」ということを目的とした政策です。

この連載の第1回でアベノミクスについて考えたことを覚えているでょうか(Web: nichigopress.jp/account/imasarakeizai/96344)。アベノミクスの経済再生政策は「デフレからインフレへ」というものでした。そのシナリオは、物価を2%上昇させて、3%の経済成長を達成させよう、というものでした。そのシナリオに沿って日本銀行は2014年3月に「異次元の金融緩和」というこれまでにない金融政策を導入しました。それから3年も過ぎましたが、物価上昇は2%どころか0%なのです。これでは3%の経済成長は望めませんし、アベノミクスは失敗に終わります。そこで日本銀行は今回、一挙に「賭け」に出たと思われます。これが吉と出るか凶と出るか、経済学者は固唾を飲んで見守っています……。経済は、本当に「生き物」のようですね。

人民元の国際化

さて、いよいよ前回の続きに入ります。昨年の夏から秋にかけて、メディアを賑わせている問題があります。それは、中国の通貨、人民元が「国際通貨の仲間入り」をしたというニュースです。この連載でも何度も述べてきた通り国際通貨に定義は無いわけですが、するとなぜ「人民元が国際通貨の仲間入り」という言葉が聞かれるのか、という疑問が生じます。それは国際通貨基金(IMF)が、「人民元をSDR(特別引き出し権/Special Drawing Rights)の構成通貨とする」と発表したからです。

IMFは、世界の通貨の番人であり、世界経済の舵取り役だ、と言われています。IMFの基金(資金)は各国の経済規模に応じて決められており、1番の出資国は当然アメリカであり、日本は2番目です。世界の通貨の番人といってもIMFが「世界通貨」を作っているわけではなく、ある国が経済危機に陥った時の救済は、SDRという「人工通貨」を使って実行します。そこでSDRというものがとても重要になってくるのです。

なぜ、SDRという人工通貨を作ったかというと、世界経済がどんどん拡大するためにはドルだけに頼っていてはだめだ、と分かったからです。元々、第2次世界大戦で大きな勝利を収め、世界の富の大半を独り占めにしたアメリカは、アメリカの通貨・ドルを唯一の国際通貨として認める体制、つまりIMFを作り上げました。そこで、世界の国はアメリカにせっせと輸出してドルを稼ぎ、そのドルで資源を買って財を作りまた輸出して、ということを繰り返しました。しかし、アメリカがどんどん他国から輸入を増やせば増やすほどアメリカの経済は弱くなっていったのです。そんな状態がいつまでも続く道理がありません。

そこでIMFは、ドルに代わる国際通貨としてSDRという人工通貨を作り出しました。世界が貿易取引をする時にドルだけを絶対に必要とし、ドルだけに頼っていたのでは、上手く回らないという状態になるからです。

もし今ある国が経済危機に陥ったとすると、IMFはこのSDRをその国に渡します。するとその国はSDRと引き換えに、例えばドルを手に入れることによってその国の経済を立て直す、という政策を採るのです。そのように大切な役目をするのがSDRです。このSDRと引き換える通貨の値は、世界の貿易に占める重要度によって決定されます。現在、SDRの価値は、ドル(アメリカ)、ユーロ(EU)、円(日本)、そしてポンド(イギリス)の4つの通貨を加重平均して決められています。したがってこの4つの通貨が現在では、いわゆる「国際通貨」という地位を与えられているのです。日本にとって名誉なことですね。

しかし中国のGDPは現在世界で第2位で、また世界の輸出に占める中国の地位は1位。輸出でも2位の大きさで、近い将来に1位になるだろうと見られています。そこで、中国という国を無視しては何事も決められない、と判断したIMFは16年10月より、SDRの値を決めるために中国の元を十分考慮する、と発表しました。つまり「これからは米ドル、ユーロ、元、円、ポンドの5つの通貨を基礎にSDRの値を決める」と世界に宣言したわけです。これで中国の人民元は立派に国際通貨の仲間入り、ということになります。

日本の円の歩む道

今から20年前まで日本経済は破竹の勢いで伸び、世界経済の中でさい然と輝いていました。しかし今では見る影もないという状態です。このような状態では日本の円の地位はどうなるのでしょうか。何か良い方法はないのでしょうか。

今、考えられるチャンスは1つあります。皆さんもよくご存知かと思いますが、今年中に日本の政府はTPP参加の批准をしなければなりません。このTPP圏内でのGDPの大きさは、全世界のGDPの約40%にもなります。とてつもなく大きな経済圏が形成され、ここでは、「人、物、金」の自由取引が実行されます。この圏内での取引通貨をぜひ「円で行う」ということを決めてもらえたら、「円経済圏」が形成され、円の国際通貨として役割が極めて大きくなることから、日本にチャンス到来となるでしょう。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了、フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業析研究所主宰

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