【今さら聞けない経済学】物価は下がってはいけない? インフレと暮らしの関係

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第24回:物価は下がってはいけない? インフレと暮らしの関係

物価下落は良い? 悪い?

スーパーマーケットへ買い物に行った時、商品の値段が安いのはうれしいことですね。事実、日本で経済が落ち込んでも人びとが何とか日々の生活が維持できているのは物価が下がっているからです。今や日本の総人口の30%以上を占める高齢者の人びとは、生活を維持するだけで大変なのではと思われますが、実際のところ物価が上がらないので、多くない年金でも何とか生活を維持できているようです。そう考えると「物価の下落は人助け」ということになります。

しかし、物価が下がることはデフレで、この状態が長く続くと「構造的不況」という状態に陥るのではないのか、すると物価が下がるのは悪いことなのでは、とも考えられます。実際に日本経済は1990年代より大デフレの状態に突入していて、いまだにその状態から抜け出せていません。これは「物価下落の矛盾」と言われるものです。

そこで今回は、デフレ状態を脱する政策と、インフレを発生させる原因、更に、インフレに陥った時に人びとが受ける被害、そこから抜け出す政策について考えてみましょう。

デフレの克服

この連載コラムの始めの頃に「アベノミクスの政策」について述べました。アベノミクスとは、2012年の暮れに安倍政権が誕生した時に採用された政策の名前です。このアベノミクスの主たる目的は、日本経済を再生するにあたり何よりもまず、2%のインフレを「政策的」に作り出し、それを基礎にして経済成長を3%にすること。そして究極的には日本のGDPを20年までに600兆円にする、更に高齢者への社会福祉税の充実のために消費税を10%にする、という政策です。加えて、これまでに積もりに積もった財政の赤字(約1,060兆円)の解消を図る、というシナリオも打ち立てられました(下記参照)。

インフレ率2%

成長率(GDP)3%

経済規模600兆円

消費税10%

基礎的財政収支の均衡

日本経済の復活

上のようなシナリオを描いてアベノミクスは突き進んでいますが、残念ながらこれは「絵に描いた餅」だと多くの経済研究者から揶揄(やゆ)されています。つまり、これまで日本銀行がどんな金融政策を駆使してもインフレ率はせいぜい1%程でしたし、事実、アベノミクスが始まってからも2017年1月の時点でのインフレ率は0.1%だったのです。これは日銀の目標値である2%からどう考えても程遠い数字。これが原因でGDPの上昇率も1%か、それをほんの少し超えた程度です。従って、2020年までにGDP総額を600兆円にし、日本政府が世界に向けて約束してきた「基礎的財政収支を均衡」させる、というアベノミクスのもくろみは、既に絶望視されています。

こうもシナリオが狂った要因は「インフレ率が2%を超えない」からです。日銀は2%のインフレを作り出すために①異次元の金融緩和、②マイナス金利の導入、といったこれまでにない金融政策(これを非伝統的金融手段と言います)を駆使してきました。しかし、残念ながらこれらは首尾良く進んでおらず、日銀総裁は一体何をしているのか、と日銀総裁の責任論まで出るような有様です。

インフレはなぜそんなに大切?

さて、インフレは「物価上昇」のことで一般市民の暮らしの敵なのではなかったのか、と訝(いぶか)る方もいらっしゃるかもしれませんね。インフレはなぜ恐れられるのかと言えば、インフレは世の中に「不公平」を作り出すからです。せっせと働いて得た月給や、退職金から貯めたお金が、インフレのためにどんどんその価値が下がってしまい老後の生活が心配になることもあります。

しかし、土地や高価な財宝をたくさん持っている人は、インフレになると資産の値段がドッと上がり一気にお金持ちになることが考えられます。昔から「土地成金」という言葉があるくらいです。つまりインフレは「金融資産の価値」を減少させ、「実物資産の価値」を高める、という働きがあるのです。そのため一般的にインフレは「社会の悪だ」「社会に不公平を作り出す」などと言われるのです。

これは個人の資産に関して言えることで、つまりミクロ的にはインフレは社会悪だ、とも言えます。しかし一国の経済を活性化させるというマクロ的な観点から見ると、インフレは物価を高めることであり、企業の利益を増大させ、そのため企業の設備投資を増大させ、その結果として一国の経済を成長させる元になると考えられます。更に、企業の利益が増大すれば従業員の賃金が高まり、人びとは消費活動を活発化させ、つまりケインズの言う「有効需要の増大」が実現し、経済水準は上昇します。この理論に立脚して、インフレ待望論が成り立つのです。アベノミクスはまさにこの考えに沿って構築されています。

インフレの原因とは?

インフレ発生の原因は、①対内要因、②対外要因、の2つがあります。対内要因とは、次のような簡単な構図で説明されます。

需要 > 供給

これは、財が生産される以上に人びとの購買力が旺盛である、という意味です。つまり「品不足」という状態。例えば、ボーナスがたくさん入ると人が一斉に買い出しに走り、スーパーでは品不足が発生し、そこで価格が一気に上がる、という緊急的なインフレ状態が発生することがあります。そんな状態が国中に広がれば、その国は一気にインフレ状態に突入すると考えられます。

インフレには「クリーピング・インフレ」というものがあります。クリーピング(creeping)とは「徐々に」「忍び寄る」という意味で、クリーピング・インフレは「忍び足でやってくるインフレ」のこと。これは、その国がほぼ「完全雇用」の状態に達した時に発生するインフレだと言われます。

それとは逆の「ハイパー・インフレ」もあります。ハイパー(hyper)とは「異常な」「過剰な」という意味で、ハイパー・インフレは「一気に襲ってくるインフレ」のこと。インフレで恐ろしいのはこのタイプです。金融当局の通貨政策の失敗に端を発することが多く、つまり通貨当局が通貨管理に失敗して過剰供給をした時に発生します。たいていはその国が何かの「政変」や「緊急状態」に陥り、通貨の供給を過剰に増大させた時です。

私の経験ですが、1990年の夏、ポーランドのワルシャワの大学で仕事をする機会を得ました。その時ポーランドは社会主義体制から資本主義体制への移行の時期で、通貨当局の金融政策も混乱状態に陥り、物価が異常に上昇していたのです。市内でタクシーに乗ると、料金を示すメーターに「×400」という数字が目に入り、運転手にその意味を尋ねると、さも当然のように「400倍の料金です」と言うではありませんか。私はとても驚きましたが、10日後に乗った時には「×600」となっていました。これがハイパー・インフレの実態です。私は偶然にもハイパー・インフレの恐ろしさを実感したというわけです。

ハイパー・インフレの有名な事例として、第1次世界大戦後のドイツ・マルクの例があります。戦争に負けたドイツは、一気に国の復興を図ろうとして通貨発行を増大させ、「1,000倍」や「1兆倍」のハイパー・インフレを発生させました。このような恐ろしいインフレはその国を一気に滅ぼす原因になりますし、それにより国の存続自体が危ぶまれます。

輸入インフレとは何か

その国の通貨当局では管理しきれないインフレもあります。外国から入ってくる「輸入インフレ」です。

その一例は1973年の夏のこと、日本を始め世界中の国々がインフレに陥り経済が麻痺しました。これは中近東の石油輸出国機構(OPEC)が一斉に「石油の値段」を大幅に上げたためです。それまで日本を始め世界の主要国は、1バレル(約159リットル)の石油を1ドルという「水よりも安い」値段で買い、それを「湧き出る水のごとく」使って経済を成長させてきました(当時1ドル=360円)。

しかし石油産出国の経済はひどい状態に置かれ、人びとの暮らしはどん底状態で「産油国の悲劇」と言われていました。その原因は、欧米の石油メジャーといわれる石油巨大資本が石油の掘削権利を一手に握っていたことです。そこで石油産出国は「こんな不合理なことはない」と一致団結して、石油輸出国機構を立ち上げて石油の値段を急に1バレル25ドルや30ドルに上げたのです。そこで、安い石油にどっぷり漬かっていた先進国は一斉に物価を上げることに。日本でもスーパーのトイレット・ペーパーの値段が5~10倍に跳ね上がり、「品不足」の状態になり、人びとはスーパーの店頭に長蛇の列となって並んだのです。それに端を発してあらゆる品物の値段が異常に高騰し、日本は一気に「狂乱インフレ」状態に突入しました。これぞ「輸入インフレ」の最も典型的で最悪な例です。

さて今回は、インフレの良い点・悪い点とインフレの発生原因について見てきました。日本の今の経済政策ではとても2%のインフレを作り出せないと言われていますし、日銀はあらゆる手段を使い果たしているようです。こうしてみると、日本経済はもうこれ以上の発展は望めないのでしょうか。しかし、これを克服するといわれる「有力な政策」について、次回は考えていきたいと思います。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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