【今さら聞けない経済学】物価を上げる方策はある?~デフレからの脱却~

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第25回:物価を上げる方策はある?~デフレからの脱却~

人びとが物価が上がることを一般に「嫌う」のは、当然のことでしょう。物価が上がると、月給だけの収入で生活している人は日々の生活に困るからです。日本経済は1990年代初期から、いわゆる「大デフレ」の時代に突入し、超・物価安の時代になりました。その原因についてはいずれこのコラムで取り上げますが、それにしてもこの物価安で人びとはどんなにか助かったことでしょう。とりわけ、高額を受け取るわけでもない年金生活者や低所得の人びとにとって、物価が安いことほどうれしいことはありません。

しかしそれはいわゆる「ミクロの世界」でのことであって、一国全体のことを考える「マクロの世界」では、限りなく安い物価という現象は歓迎されることではありません。

この物価を上げたり下げたりする政策は「金融政策」と呼ばれ、その国の中央銀行の仕事だと考えられています。日本なら日本銀行、オーストラリアでは連邦準備銀行(RBA)、アメリカでは連邦準備理事会(FRB)がその担当です。

そこで今回は、この金融政策に焦点を当ててみます。そして、なぜ日本ではこの金融政策が「効果」を発揮出来ずにいるのか、更に、これに代わる政策はあるのか、考えていきましょう。

金融政策の手段について

これまでにも当コラムで金融政策の手段について考えてきましたが、改めておさらいします。金融政策当局は物価をコントロールする時、貨幣供給の量を調節して物価を上げ下げします。これは「マネー・サプライの調整」と呼ばれ、とても大切な金融政策手段です。

あまり品の良くない表現をすれば、よく日本銀行は「銀行の親分」だと言われます。それは民間の銀行の面倒をよく見るからです。民間の銀行も親分である日本銀行の言いつけを絶対に守り、子分として何か困ったことがあった時はまず親分の日本銀行へ頼みに、つまりお金を無心(調達)しに行くのです。

民間の銀行は国債をたくさん購入していますので、お金が必要な時にその国債を日本銀行に売って資金を手に入れる、また日本銀行もこの国債を民間銀行へ売って民間銀行からお金を吸収する、ということがあります。このように日本銀行と民間銀行との間で国債の「売ったり・買ったり」して民間の資金を調節することを、「公開市場操作(オープン・マーケット・オペレーション)」と言います。売ることを「売りオペ」、買うことを「買いオペ」と呼び、この操作を通じて世間の貨幣量が調節されていますので、これがいかに重要な金融政策手段かお分かり頂けるでしょう。

まず「売りオペ」の効果から見ていきましょう。日本銀行が民間銀行へ国債を売るということは、民間銀行から貨幣を吸い上げること。すると貨幣の流通量が減少しますから、金利が上がり、民間で投資が減少します。「投資が減少する」ということは「経済活動が鈍る」ことになり、経済状況が悪化すると考えられます。

逆に、日本銀行が民間銀行が持っている国債を買う「買いオペ」を実行するとどうなるでしょうか。すると民間の銀行に貨幣がドッと入ってくることにより、銀行からの貸し出し金利が減少しますから民間企業などへの投資が増大します。経済理論の基本として、投資の増大は経済が活性化する最も大切な仕組みです。

以上を1つの式で考えてみましょう。この式は先回も登場しましたが、とても大切な式なのでもう一度記しておきます。

MV = TP

この式は貨幣数量式と言われ、これによって「インフレ/デフレ」を考えるのです。Mとは「貨幣数量」、Vとは「貨幣の流通速度」(例えば、1万円が人から人へと渡っていく速さ)、Tとは「物の取引量」、そしてPとは「物価水準」を表します。

そこで仮に、VとTはそんなに早く変化しないと仮定しますと、上の式は、「M=P」という簡単な式になります。その状況で「買いオペ」で通貨をどんどん供給すると(=Mを上げると)、物価(P)も一気に上がることになります。逆に「売りオペ」で通貨を吸い上げてしまうと、物価(P)は低下します。つまり、物価の変動は貨幣の供給量に依存すると言えるのです。このように物価の調整は日本銀行の大切な仕事であり、これが「金融政策の基本」です。

これらの手段を使って日本銀行は、日本経済を1990年代の初頭からの「大デフレ」状態から脱却させるために「異次元の金融緩和政策」や、また、一般に「禁じ手」と言われている「マイナス金利の導入」といった「非伝統的な金融政策」を果敢に用いて日本経済の回復を図ってきました。先回も述べましたように、アベノミクスの最も基本的なシナリオとしては、「2%のインフレ発生⇒GDP3%増大⇒GDP総額600兆円達成(2020年)⇒基礎的財政収支の均衡回復(アベノミクスの世界的な公約)、2019年10月に消費税10%導入」といった経済回復の道筋が掲げられています。

しかしたいていの経済学者は、このシナリオは「絵に描いた餅だ」と言い、その実現性に大いに疑問符を付けています。なぜなら、物価の上昇率は2%どころかまだその半分にも達していないからです。

一体なぜ、この「シナリオ」は狂ってしまったのでしょうか。今年、その疑問に応じるように1人の経済学者が大胆な説を唱え、かなりの注目を集めています。

「日本のインフレ政策は金融政策ではだめだ」という説

これまでこのコラムでも、物価の「上げ下げ」は総じて金融政策の仕事だ、とお話してきました。アベノミクスもそれを信じて、黒田日銀総裁を首尾一貫して後押しして、どんどん「インフレ作り」に精を出してきたのです。しかし、どんなに後押ししても黒田日銀総裁の下ではインフレは発生しませんでした。黒田日銀総裁が就任した2013年春以来、13年の暮れにわずか1回だけインフレ率が1.4%に達したことがありますが、それ以来ずっと0%台を推移し、14年から16年にかけてはインフレ率はマイナスとなったのです。今ではようやく0%台の水準を少し超えるようになりました。いやはや、どんなにもがいても金融政策では物価上昇を果たすということは不可能なのでしょうか。

そんな時、アベノミクスの「生みの親」と言われ、内閣府参与という重責を担う高名な経済学者、浜田宏一氏(イェール大学名誉教授)が「アベノミクス、私は考え直した」という衝撃的な論文を雑誌『文芸春秋』(2017年1月号)に発表しました。浜田氏はその論文の中で、「日本の金融政策で2%のインフレを作り出そうとする政策が間違っている。むしろ財政政策の果敢な導入によってインフレを発生させ、それによって日本の経済を再生すべき」と従来の主張と180度転換したような発言をしたのです。つまり、日本でインフレが起こらないのは「財政とセットで行っていないからだ」というのがその主張でした。

インフレは財政政策で―シムズ理論

11年にノーベル経済学賞を授与されたアメリカのプリンストン大学のクリストファー・シムズという経済学者は、日本の経済政策は間違っている、と主張しています。「日本のインフレを作り出そうとしている政策は、あまりにも金融政策に頼りすぎているから全く効果が出ないのだ」「インフレを作り出すには、財政政策の力を借りなければだめだ」と、センセーショナルな説を唱えています。その意見に、先述の浜田名誉教授がいたく刺激を受けた、というのが実情です。

クリストファー・シムズが唱えたシムズ説とは、「ゼロ金利付近では金融政策の効果は効き目が無い。むしろ財政支出でインフレ期待を発生させ、それによって経済を回復させるべきだ」と説くものです。シムズ理論を要約すると次のようになります。

政府が財政支出を増大する

企業や個人が将来の財政悪化を
予測する

お金の価値が下がる

インフレが発生する

これがシムズ理論の骨組みですが、これはFTPL(Fiscal Theory of the Price Level/物価水準の財政理論)と言われています。日本の政府が莫大な量の国債を増発して経済を立て直そうとすると、国民は将来増税が待っていると思い込み、そう簡単に消費行動を起こす気にはなりません。そこでますます消費は落ち込み経済は停滞することになります。しかしそんな時、政府が「絶対に増税はしない。借金は“インフレ”で返します」と宣言すれば、ただちに企業や個人が「将来物価は上昇する」と考える「インフレ予想」が蔓延し、デフレからの脱却が実現出来る、というのがシムズ理論のあらましです。

これまで、黒田日銀総裁がどのような金融政策を施そうが、0%台からの物価の上昇は不可能だと見られていました。そこで、一部の経済学者たちは、インフレを発生させるメカニズムを財政政策の理論に求めたのです。

ただ、シムズ理論に基いて財政支出を増大し続けると、アベノミクスが世界に公約している「2020年には基礎的財政支出(プライマリー・バランス)を均衡させる」という約束が実現出来なくなるとも考えられます。これはなかなか難しい問題ですね。

さて今回は、最新の経済理論を用いてデフレからの脱却について考えてみました。今回も読んでくださりありがとうございました。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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