【今さら聞けない経済学】利子とは何か ―ケインズの「流動性の罠」説は今でも生きているのか―

今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第41回:利子とは何か ―ケインズの「流動性の罠」説は今でも生きているのか―

はじめに

最近、依頼を受け講演に出掛けました。出席者の多くは年配の人たちで、私の話が終わると同時に中でもかなり年配の男性が、突然大きな声で質問してきました。大学の教師は質問されることに当然慣れていますが、「日本政府はなぜ利子をあれほど下げるのか」と日本経済の「核心」に触れるような質問を浴びせられ、どきっとしました。

日本は何年も利子が上がっておらず、むしろどんどん下げています。事実、「マイナス金利」という現象まで起こっています。この男性は、政府が利子を下げるので銀行に預金しても利子が手元に入らず、生活が苦しいということを訴えたかったのです。更に男性は、かつては貯めたお金を銀行に預ければ相当の利子をもらえ、それが生活に大いに役立ったと言うのです。当時は確かに、銀行に100万円預金すれば年に預金金利が8%の時、預金者は8万円を利子として手にすることができました。もし1,000万円を銀行に預けていたら80万円ももらえ、生活がとても楽だったのです。

だから、人びとは働いてお金を貯め、老後のために銀行に貯金をしました。すると、日本の貯蓄残高は考えられないほど増大し、一気に産業界に流入しました。しかし、現在利子はほぼゼロ、それどころか、マイナス金利になっており、どれだけ銀行に預けても少しも生活が楽にならない状況です。

今回は、その「利子と経済」に関するさまざまな問題について考えてみます。

利子とは何か、誰がどのようにして決めるのか

利子とは、経済学の分野では非常に重要な研究対象課題であり、「利子の理論」という名前で呼ばれてきました。つまり、「利子とは何か」「なぜ発生するのか」「利子の変動はどのように経済の循環に大きな影響をもたらすのか」などが昔から研究されてきました。

皆さんも英語の教科書などで、『ベニスの商人』という物語に見覚えがあるかと思います。イギリスの有名な劇作家・シェイクスピアが16世紀末ごろ書き上げた物語で、その中心テーマが「利子」なのです。悪徳金貸し業者が高額の金を貸し、代償として高い金利をむしり取り、もし利子を払えない時は、「お前の肉で支払え」というストーリーでした。あらすじからも分かるように、利子とはお金を借りる代償であり、お金の価格でもあります。それほど昔から「金貸しと金利」とは、社会の大きな問題となっていたのです。

さて、利子とは何か、もう少し経済の理論を用いて考えてみましょう。

利子とは、「流動性を手放す代償である」と経済理論では述べられます。これは、有名なケインズ経済学の中心的な問題であり、難しい言葉のようですが、よく考えてみればそれほど難しい意味ではありません。流動性という言葉ですが、英語では「Liquidity」で、辞書で見ると、液体という訳が初めに出てきます。更に見ていくと、「流動性の、動きやすい」と出てきます。そこで、Liquidityとは「流動性」であると経済理論では訳され、ケインズ理論では「Liquidity Preference」という言葉があります。経済学では「流動性選好」と訳され、とても大切な言葉として研究者の間では論じられてきました。つまり、お金は人から人へと「流動」するもので、渡っていくことによってこそ「お金」の値打ちがある、と考えられているのです。

「人がお金を欲しがるのは、お金があれば何でも望みがかなえられるものであり、お金を手放すには相当の報酬を支払うべきである」、というのがケインズの考えだったのです。利子は人がお金を手放す代償であるという考えが、ケインズの「流動性選好説」です。

人が手元のお金を使わず銀行へ預けるのは、お金を手放すには相当の「報酬」を支払わなければならないので、「利子」が発生するのです。これはケインズ理論でとても大切で、この考えを中心に同理論は成り立ってきたのです。

たくさんのお金を銀行に預金すれば、代償にたくさんの利子をもらえるのは当然だということになります。利子を上げれば、人はお金を使うのをやめて銀行に貯金しようとします。つまり、利子とは流動性を手放す代償であり、まさにお金の値段であると考えます。

利子を上げる、人は流動性を手放し銀行へ貯金をすると、そのお金が企業への投資となって流れていく、というのが経済の循環です。従って、「利子」はとても大切な経済の変動をもたらす要因だと言えるのです。

「流動性選好」とは何か

経済学を学んだことがある人は当然、そうでない人でも「ケインズ」という名前を知っている人は多いと思います。「近代経済学(近経)=ケインズ」という図式が、かつて経済学の分野では存在し、経済学部に入り、専門課程に進むと大抵、「マル経(マルクス経済学)」か「近経(ケインズ)」を選ばなければならなかったのです。そして、マル経=左、近経=右、という思想的色分けが何となく存在していました。

私は将来アメリカの大学で勉強したい、というひそかな野望を抱いていたので、近経を専攻しましたが、とても難しい理論を勉強しなければならず、苦労したことをよく覚えています。その中の1つに、ケインズの流動性選好の理論がありました。

「利子とは流動性を手放す代償として支払われる報酬」、であることがケインズの考えだと見てきました。お金は、その他の資産と比べて最も価値が安定しており、また人から人へと渡っていく、つまり流動性の高い、という性質も有しています。

しかし、お金を持っているだけでは利益を生み出せません。そこで利子の働きが出てきます。利子を上げれば、現在持っているお金を手放して利子が付く証券を買おうとします。すると巷(ちまた)にお金が出回るようになり、投資活動ができ、経済が活性化するという図式が成り立ちます。従って、利子を上げれば人はお金を手放し、巷には資金が放出され、投資が増大し経済が活性化される、というのがケインズの投資理論の輪郭です。

マイナス金利は「流動性の罠」か

こうして見ていくと、人がお金を手放すのは利子の存在に関わるとも言えます。もしお金をたんすに入れたままだと、何の利益も発生せず、更には家に泥棒が入ってそのお金を盗んでいく心配があります。

人びとがお金(流動性)を手放すかどうかは、利子率に依存するというのがケインズ理論です。利子率が上がれば流動性を手放すので資金が豊富に出回り、それが投資となって経済の活性化に貢献します。経済の活性化には、資金が世の中に十分出回るかどうかに懸かっているのです。

例えば、1国の経済の循環を示すマクロ方程式を見てみると、そのことが如実に分かります。その式は以下の通りです。

GDP=C(消費)+I(民間投資)+G(政府投資)

I(民間投資)が増大するには、利子率が大いに関係しているのです。利子率が低くなるとお金を借りやすくなり、投資活動が活発化し1国のGDPは増大します。投資活動が活発化するためには、利子率が低くなることが欠かせません。しかし、利子率をどんどん下げてしまうと、人は手元の資金を手放そうとしません。すると資金は十分に経済の中に出回らず、投資不足になります。

人びとは「低い利子ではお金(流動性)は手放しませんよ」となり、お金を「罠(わな)」に掛けてしまうのです。これがケインズの言う「流動性の罠」なのです。「罠」という言葉は難しそうですが、動物を捕まえるための「仕掛け」です。罠とは英語で「Trap(トラップ)」と言い、ケインズは資金の循環を「トラップ」という言葉を使って説明しようとしたのです。これを「流動性の罠理論(Theory of Liquidity Trap)」と言い、ケインズ理論の中核を成すものだとされています。

さて、現在の日本経済の状況を見ると、ケインズの「流動性の罠」で説明できるのではないかと考えられます。アベノミクスは、以下のような成長の「方程式」を描いてきました。

2%のインフレ → 3%のGDPの成長 → 2019年秋、消費税を10%に → 20年GDPを600兆円に → プライマリー・バランスの回復

アベノミクス達成の条件として、①異次元の金融緩和、②マイナス金利の導入の2つの事柄を推し進めてきました。しかし、この2つの政策の導入でもアベノミクスの成長の目玉である、「インフレ率2%」という目的が一向に実現しません。

見てきたように、日本経済は恐らくケインズ理論の「流動性の罠」の状態に入ってしまっているからです。アベノミクスを推し進める担当者に今必要なことは、流動性の罠からいつ、どのようにして抜け出すのか、という方策を考えることが先決だということです。私から言えるのは、過去に偉大な先人が苦悩して考えた理論という世界の共通財産を、時の政策担当者は謙虚になって考えてみることも大切なのではないでしょうか、ということです。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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