【今さら聞けない経済学】貿易は自由が「より良い」という理由―GATTからWTOへ―

今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第44回:貿易は自由が「より良い」という理由―GATTからWTOへ―

はじめに

このところ、あらゆるマスメディアでは、アメリカの中間選挙の結果報告とその批評の報道で溢れ返っています。私も仕事をしつつ、耳はニュースから流れてくる途中経過に聞き入っていました。2年前のアメリカ大統領選挙の時は、韓国・ソウルの漢陽大学で仕事をしており、韓国でアメリカ大統領の選挙報道の前哨戦に触れる機会がありました。元々韓国の人びとは、自国の選挙となると、かなり熱狂する人が多いので、アメリカ大統領選挙に対してはどうかと思いましたが、私が想像していたほどではありませんでした。自国の大統領選挙ではないので当然でしょうか。

日本でも、今回のアメリカの上下両院選挙戦はそのような雰囲気でした。ただし、各局のテレビの報道だけは、一方的にトランプ大統領を中心に「燃えて」いるようでしたが……。きっとオーストラリアでも、「やってる、やってる」といった気分で人びとはテレビを眺めていたのではないでしょうか。

しかし現実的には、今回の結果は、私たち1人ひとりにとってはあまり芳しいことではないと「経済学的」に言える、と思います。ひと言で、「自由貿易の危機」とでも言えるのではないでしょうか。

世界経済が等しく成長していくためには、どのような条件が必要でしょうか。これこそが経済学が長年取り組んできた最も重要な問題、と言っても過言ではありません。現在、アメリカで1人息巻いているトランプ大統領という、これまでの指導者と一風変わった人物が、ひたすら自国本位(自己中心)の経済政策を追求し、そのおこぼれに預かろうとするたくさんの人びとが追従し、世界を大撹乱(かくらん)させつつあるようです。こうした経済情勢を世界中の人びとが、「やれやれ」という気持ちで眺めているようです。私としては、ぜひトランプ大統領にこれまで長く築いてきた世界的な経済学者の偉大な理論を、しっかりと机の上で自分の目でひも解いて頂きたいと願うばかりです。

自由貿易こそ世界経済の発展の要

これまでに世界は、幾度となく大きな戦争を繰り返してきました。そのうち、第1次世界大戦(1914年~18年)と第2次世界大戦(39年~45年)は地球規模での戦いであり、それにより何千万人が戦場で死に至ったと言われています。現在も、地球のあちこちで高射砲や機関銃で人の殺し合いをしています。人間1人ひとりはとても優しいし、とても人殺しができるような人ではないはずですが、集団になると、「それいけ!」とばかりに一斉に人を殺しに走るという答えになるのは、なぜでしょうか。これこそ「永遠の謎」ですね。

本コラムで何度も取り上げてきた、あの有名なケインズは「なぜ世界で戦争は勃発するのだろうか」という永遠の謎を真剣に考えていました。ケインズが達した結論は以下の通りです。

「今、3国で取引(貿易)をしている時、どうしても2対1という構図ができる。その中で、始めの2つの国同士はお互いに理解し合って、取引をしやすくする。しかしもう1つの国には、いじわるをして、取引を制限してしまう。すると、制限を余儀なくされた国は面白くないので、2つの国に『いじわるをするな』と言って、大砲を打ち込むようになり、そして戦争が勃発する」

つまり、戦争が勃発する最大の原因は、輸入制限の発生や支払い止めなどだというのです。

そこでケインズは、イタリア軍が陥落し、ドイツ軍ももはやそれまでという状態が見えてきたころ(44年7月)、戦勝国だと思われる国々の指導者をアメリカ・ニューハンプシャー州のブレトン・ウッズという小さな町に集めて、2度と世界に戦争が起きない方策を話し合いました。ケインズはまず、貿易に関する支払いを確立させようとし、「国際通貨基金」(International Monetary Fund)と、更に物とサービスの取引もしっかりとした取り決めをしようとして、「国際貿易機構」(International Trade Organization/ITO)という機関の設立を構築したのです。ITOはその後、より組織を強化させた「関税と貿易に関する一般協定」(General Agreement on Tariffs and Trade/GATT)という体制に変わりました。この2つの体制によって、第2次世界大戦後の世界経済は急速に立ち直っていった、と言っても過言ではありません。

事実、これらの体制で一番恩恵を受けたのは、もしかすると日本かも知れません。それほど、GATTが推し進める自由貿易は、日本経済にとって極めて有利に働いてくれました。

GATTからWTOへの移り変わり

GATTはそれぞれの国が貿易をする時、全ての国は平等な立場で、そして「多国間無差別の原則」の立場で実行すること、という大きな原則を掲げた条約です。例えば、日本がA国と商品の取引をする時、関税を引き下げたとすると、他の全てのGATT加盟国にも関税を引き下げなければならない、という「原則」があったのです。つまり、GATTは制限のない自由な貿易の拡大を狙ったとても「野心的な」計画だったのです。

この原則のお陰で、第2次世界大戦後の世界経済は順調に発展するように見受けられました。しかし、「多国間無差別の原則」がそれほど簡単なことではなく、しばしば暗礁(あんしょう)に乗り上げるようになりました。そこで、GATTは緊急を要する財への取引に関係する国々が、1つのテーブルに集まり一括交渉をしよう、という制度を採るようになりました。それを「GATT一括交渉」と言い、それぞれに提案者や開催地の名前を付けた交渉会議が、長期にわたって開かれるようになりました。一番初めに提案されたのは、当時のアメリカ大統領のケネディ大統領だったことから「ケネディ・ラウンド」(64~67年)と呼ばれました。そこでもさまざまな問題は決着できず、次の一括交渉が東京で持たれ、「東京ラウンド」(73~79年)と呼ばれました。

このように世界の貿易自由化は、なかなか進展しなかったのです。中でも日本人にとって忘れられないのは、「ウルグアイ・ラウンド」(86~94年)という一括交渉です。この交渉で、日本の最重要財である農産物、米の自由化が大きな議論の的になりました。日本は、自国から多く輸出しているが、外国からは農作物を買おうとしない。そのため、「米」が外国から「輸入」されるようになったのです。それまで日本の「国是」として、「米一粒たりとも輸入などまかりならない」としていました。米を外国から密かに輸入した業者は、牢屋にぶち込まれていたほどです。このウルグアイ・ラウンドによって、日本は米を輸入しなければならなくなったのです。しかし完全自由化ではなく、「ミニマム・アクセス」という、ほんの極少量の米の輸入をするようになり、これを「最低輸入量保証」と呼んでいます。いずれにしても日本の米の輸入は、たとえ「部分開放」だとしても、これを境に開始されました。93年のことでした。

それまでの日本は、散々自由貿易の恩恵を受け、輸出を拡大し、それによって日本のGDPを高め、世界から「日本経済の奇跡」「21世紀は日本の時代」と言われ、一斉に羨望の眼差しで見られていましたが、日本経済の「負の部分」として、完全自由化の実施が世界から遅れていたのです。しかし、ウルグアイ・ラウンドによって、日本は部分的にしろ米を輸入し出し、世界から最も進んだ国だと見られるようになりました。

世界が急速に拡大していくと、ありとあらゆる物が取引されるようになりました。問題は、どの体制でも全ての加盟国が一様に世界が決めたルールを完全に履行する、ということは難しいのです。つまり、世界各国で結んだ貿易上の規則・条約を守らない国が出てくるのです。その時、従来のGATTでは取り締まりができないという問題が起こりました。GATTは「同意」(Agreement)で成り立っていたため、約束を守らない国が現れるのは極当たり前のことです。そこで世界は、国際貿易上のルールを厳格化しようと、拘束力の弱いGATTから国際的な取り決めを発展的にさせた「世界貿易機構」(WTO)という、より強制力を付帯した機関を1995年1月1日に構築しました。

知的所有権・サービスの取引

先述したように、世界は取引する財が従来のように「目に見える財」だけでなく「目に見えない財」の取引が、より重要になってきました。世界の貿易はより複雑化したのです。WTOは、主に3部門からなる取引を中心に議論するようになりました。主に次のような貿易が考えられます。①物品に関する貿易、②サービス貿易、③知的所有権に関する貿易です。

②のサービス貿易とは何でしょうか。経済学でいう「サービス」とは、目に見えないものの取引のことです。労働も当てはまります。私は大学で教えることで賃金をもらいます。それは教えるというサービスに対する報酬なのです。従って、サービスとは教育を始め、金融・保険、運輸、観光、通信、スポーツ・芸能など、たくさんあります。それらの国際的な取引に関する約束を決めたのです。観光も立派なサービス産業です。サービスは物ではないので、貯めることができません。そして誰もが「無断で」使用できます。それではおかしいでしょう。そこで、サービスに対する国際的な取引の取り決めをしっかりと決めたのです。

③の知的所有権に関する貿易とは、英語で「Intellectual Property Right」と言われ、文字通り知的なものに関する権利を意味します。その国際的な取引の約束事を決めたものです。もし私がコンピューターに関する膨大な知識を持っていたとし、それを誰にも取られないように登録しておきます。すると、それが国際的に取引されるようになるのです。つまり、現在、世界的に「模倣」ができないようになっているのです。

以上で述べてきたことが、制度的に世界的な規模で確立できてこそ自由で拡張的な貿易が達成され、それが世界経済の活性化に大いに貢献する、ということになるのです。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る