【今さら聞けない経済学】経済を安定化させるための条件は何か

今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第47回:経済を安定化させるための条件は何か

はじめに

日本経済はこれまで「21世紀は日本の時代」「Japan as No.1」と言われ、世界中から羨望の眼差しで見つめられてきました。

私は1965年に初めてアメリカへ勉強に出掛けてから、大学院や、研究員としてさまざまな研究活動の機会を得て、アメリカの大学を通じて同国の社会で人びとと密接な交流を続けてきました。更にポーランド、オーストラリア、イギリスの大学での研究生活を通じて、その都度、日本という国の姿と経済成長を外から眺めるという経験をしてきました。

日本人と日本経済に対する外国からの眼差しは多くの場合、「尊敬」という言葉で表現できそうでした。つまり、日本人の「誠実」「勤勉」「正直」「友好的」といった国民性が諸外国の評価でした。そうした国民性が故に、日本人と日本経済は極めて信頼度が高かったのです。

事実、世界からこうした評価を頂き、日本人と日本企業はある意味で誠実に一心不乱に世界の経済水準の向上に邁進(まいしん)してきました。しかし、最近の日本人と日本経済に対する世界の眼差しは、それが逆転してしまったのではないのかという懸念さえ抱いてしまいます。

政府の統計資料のあり方について

これまで、日本政府が発する統計資料に基づく経済の現状分析に関しては、極めて信頼度が高いと世界中から評価されてきました。

例えば「日本の失業率の問題」「1人当たりの経済水準」など、その国の現実を示す代表的な統計数字には、どのようなことがあっても事実をありのままに示すことが求められます。世界の幾つかの国では統計数字の算出方法の正確性が確立されていないがために、国の経済計画を立てられず、相変わらず世界から信頼を得られないという事実が見受けられます。その国民にとって、これほど悲しいことはありません。

日本は、国に仕える「公務員」の人たちが極めて優秀で、国民全体のために尽くすという「公僕の精神」が十分に確立されていたため、いかなることがあっても日本政府が立てる経済のさまざまな計画に不正はないと信じられてきました。また政府機関で働く人は、高潔で、気高く、全ての人に尽くす精神に溢れ、尊敬の念を持って国民から受け入れられてきました。

しかし、日本という国の信頼を根底から覆す、信じられないような「事件」が起きました。昨年末、日本経済の発展を推し進めていく上で極めて大切な統計数字が、事実に全く合致していなかったのです。つまり、統計数字を算出する人が現実を「直視」せず、自分の裁量で統計数字を創り出していたのです。

日本経済の現実の姿を示す「毎月勤労統計」という統計資料があります。これは、政府の最重要統計資料として、あらゆる経済計画を立案する際の基礎資料になっています。毎月、厚生労働省大臣官房統計情報部が公表している、日本経済の「真の姿」を示す資料です。そこで示された統計資料によって、政府は経済政策を推し進めます。従って、その資料作成に当たっては、いかなることがあっても「不正」は許されないのです。しかし、事もあろうにその統計資料の数字が、当局の担当者の自由裁量でひねり出されていたのです。

その数字とは、常用者が5人以上いる企業について、毎月賃金の実態を調査しその結果を集計・発表するというものです。更に、従業員が500人以上いる事業所については直接調査員が訪れて、「雇用者人数」「賃金の上げ下げ」などを調査します。例えば、東京都や大阪府、愛知県といった大都会を有する地域には多くの企業が存在するため、毎月調査員が訪れて聞き取り調査をすることは、とても大変なことなのです。しかし、そのような極めて難解な調査は日本経済の姿をより確実に見極め、より適格な政策を遂行していくためのとても大切な作業なのです。その貴重な調査を現実に実行することなく、机の上で担当者が「こんな程度だろう」という推量で勝手に数字を決めてしまった、ということが判明したのです。

政府の経済政策の指針は、真実なのか

「アベノミクス」が目下、日本で進行しています。かれこれ30年近く日本社会にはびこっている「デフレ状態」を脱却し、物価の上昇をもたらすことにより日本の経済規模を拡大させようとする政策です。本コラムで以前、アベノミクスについて言及してきましたが、そのあらすじを再度見てみます。2012年12月の暮れに就任した安倍晋三首相は日本経済の再生を国民に誓い、13年の春、新しく着任した黒田東彦日本銀行総裁の下に「インフレを創り出そう」の掛け声と共に新しい経済政策をスタートさせたのです。それが「アベノミクス」です。それは、以下のようなシナリオです。

【2%のインフレ】 → 【3%のGDPの成長】 → 【19年秋、消費税を10%に】 → 【20年にはGDPを600兆円に】 → 【基礎的財政収支の確立】

さて上記のシナリオですが、現実的には一向に実現していません。ただ、安倍政権は、いまやアベノミクスの計画は成功し、実質賃金や1人当たりのGDPの数値が上昇している、つまりアベノミクスは成功しているのだと声高らかに自画自賛しているのです。その言葉に追従するように、盛んに日本経済は回復基調にあり、賃金は上昇し「平均消費性向」も上がっているため、アベノミクスは紛れもなく成功基調にあると主張する各種団体が現れ始めました。国民もできればそうした事実を信じたいのです。そして、どん底状態にある経済状態から早く抜け出したいと願っています。しかしこれらの勇ましい声は、日本の基調統計資料を作り出す当局の「偽装操作」によって作り出された基調資料に基づいて論じられ、高らかに唱えられているのです。その現実を物語ったのが、厚生労働省が出している先述した「毎月勤労統計調査」なのです。これほどまでに悲しいことはありません。

この統計表には労働時間数や労働者1人当たりの現金給与総額、物価変動の影響を差し引いた「実質賃金」のあり方などが記録されています。その統計資料によって、日本の実質GDPや賃金の大きさなどが理解できるのです。

日本に求められていること―松下イズムとは―

ここまで日本で大問題となっている、いわゆる行政組織の「不正」について見てきました。残念ながら、産業界でもさまざまな不正・腐敗が発生し、日本経済の信用を根底から覆すような事件が頻繁に発生してきました。これらの問題は、どの国でも大なり小なり起こるものだと言ってしまえばそれきりですが、産業界に発生した問題は日本経済の中心的な存在であった企業であるだけに、その波及効果は計り知れないものがあります。その代表的な問題は「日産事件」です。当人が外国籍の人だからといって片付けられるような事件ではありません。外国籍の最高責任者を擁立した日産自動車は、日本を代表する会社であることを鑑みると、この問題は日産全体の「体質」が問われている問題なのです。

これまでにも、東京電力、東芝、旭化成、三菱自動車、スズキ、神戸製鋼、スバルなどの日本を代表する企業でさまざまな不正事件が発覚し、企業自体の存続が危ぶまれるような大事件となりました。これらの事件発生は、日本の企業風土が問われる大きな問題になります。更に、日本の金融関係でも大きな事件が発生しました。地方金融機関の「雄」と言われた、静岡県に本店を置く「スルガ銀行」でしてはいけない金融取引が見つかり、大問題となりました。スルガ銀行のトップは記者会見で泣きながら自らの不正をわびたのです。

これらの企業の最高責任者は、その企業のトップであるだけではなく、日本の産業界や金融界を先導する人たちなのです。そのような人たちが率先して「不正事件」を引き起こすという企業風土に、多くの日本人は呆れるばかりです。

かつて「経営の神様」と言われた松下幸之助さんが存命だったならば、こうした事件を何と嘆いたことでしょうか。願わくばもう一度、この世に現われて日本の政治・経済を立て直してもらいたいものです。松下幸之助さんの経営哲学の一端を見てみましょう。経済と経営を運営するに必要なことは、以下の言葉で表されています。

  • 衆知を集めること……これなくしては経営は成功しない
  • 人材を広く集めること……事業は人なり
  • 労使の関係の円滑化……経営には限界がある
  • 専業に徹すること……力の分散を避けること
  • 自前の金で勝負すること……自己資金の蓄積に励むこと

上記に掲げた言葉の教えを皆さんはどのような気持ちで受け止めるのでしょうか。これらの言葉を土台として松下幸之助さんは、小さな「電気屋さん」から「松下電気器具製作所」(現・パナソニック)を築き上げ、日本の産業の発展に大きな功績を残しました。「この世で身を粉にして現場で一心不乱に働き、そこから上がった利益は社会全体のものだ」という考えは、今でも立派に社会の教訓として生きていると思います。松下幸之助さんが残してくれた言葉の持つ意味は、企業の経営だけではなく、行政や教育などのさまざまな社会でそれぞれ企業、団体を運営する時に必要な知識・知恵・考えではないでしょうか。

今、日本に必要なのは表面に現れる数字だけに一喜一憂するのではなく、人間の本質のあり方について考える時ではないでしょうか。いま一度、日本の産業・行政のあり方を真剣に考える時だと思います。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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