第38回 オーストラリアにおける差別禁止法務

教えて! オーストラリアの企業法務

第38回 オーストラリアにおける差別禁止法務

ベーカー&マッケンジー法律事務所
パートナー弁護士 リチャード・ラスティグ(左)
シニア・アソシエイト エリザベス・タイスハースト(中)
シニア・アソシエイト 辻本哲郎(右)

Q オーストラリアでは、差別問題に関する意識が非常に高く、企業としても従業員の新規雇用の場面や職場における従業員の取り扱いに関して、慎重な対応が必要であると聞いております。仮にこのような問題が発生した場合に、企業としてはどのような責任を負うことになるのか、またどのようにすれば当該リスクを低減することができるのかについて教えてください。

A オーストラリアの差別禁止法は約40年という長い歴史を有する法律ですが、先般2012年8月にも、大手スーパーマーケットのColesがTAS州ホバートでの清掃従業員募集広告において「インド人またはアジア人以外」という条件を課してスキャンダルとなったように、現地企業にとっても、慎重な対応を怠ると、見落としかねないリスクの1つであるといえます。

このような差別問題の発生は、企業にとって損害賠償や慰謝料の支払いといった経済的負担を生じさせるのみならず、メディアによる公表を通じ、企業のレピュテーションに深刻な悪影響を与える可能性もあります。企業としては、社内規則の整備や定期的な従業員教育を行うことにより、このような差別問題に対応する適切な社内体制を構築しておくことが重要といえます。

1. 差別禁止にかかる法令

オーストラリアにおいては、1975年に最初の連邦差別禁止法である人種差別禁止法が施行され、その後、性差別禁止に関する法が84年に、障害者差別禁止に関する法が92年に、年齢差別禁止に関する法が2004年にそれぞれ施行されました。

これらの法律は、オーストラリアが批准する種々の国際人権条約上の義務を果たすための国内法として制定されたものであり、差別的行為がオーストラリア国内で行われる限りにおいて、国籍や居住の有無を問わず、保護が認められることとなります。また、連邦政府の定めるフェアワーク法の中にも、職場における差別から労働者を保護する条項が規定されています。

加えて、オーストラリアの各州および地域は、連邦差別禁止法と類似したそれぞれ独自の差別禁止法を制定しています。これらの中には、連邦法で保護されない属性に基づく差別(例えば、性嗜好や宗教に基づく差別など)を追加的に保護するものもあります。

差別に対して保護を求める者は、これらのいずれの法律を根拠とすることもできますが、実際の請求にあたっては、いずれかを選択の上で申し立てを行う必要があります。この点、いくつかの法実務的な配慮から、申し立ての大部分は連邦差別禁止法に基づき行われる傾向にあります。

2. 違法な差別とは何か

連邦差別禁止法は、直接的差別および間接的差別を違法であるとします。

この点、直接的差別とは、ある人が特定の属性を有しているがゆえに、当該属性を有しない人が類似の状況において受ける取り扱いとは異なる取り扱いを受けたという場面に認められます。例としては、運送業を営む業者が、女性やアジア人系の人からの就業申し込みを、これらの者が一般的に十分な体力を有しないという理由をもとに、実際の体力チェックをせずに拒絶する場合などが挙げられます。

一方で、間接的差別とは、同じ要件をすべての人に対して平等に課した場合に、結果として差別的な効果が生じ、当該状況が合理的でない場合に認められます。例としては、運送業を営む業者が、最低80キロ以上の体重および最低170センチ以上の身長を有することを雇用条件として要求した結果、男性が女性よりも多く、また体の大きい人種の者がそうでない人種の者に比べて多く雇用されるという状況が発生した場合などが考えられます。

この点、雇用者側としては、運送業という性質上、十分な体力を求めるのは当然であり、指定した条件は合理的であると主張するかもしれませんが、オリンピックのウエイトリフティング競技などにも見られるように、身長および体重といった外形上の大小が必ずしも体力の強弱と直結するわけではなく、間接的差別と評価されるおそれがあります(差別意図の有無は問われません)。

ただし、これら差別も、それが「真の職業上の必要性」(genuine occupational requirement)に基づく場面においては、例外的に許容されます。このような例としては、女性用のランジェリー・ショップの店員を女性に限定する場合などが挙げられますが、当該必要性の認定は比較的厳格になされる傾向にあります。

3. 被害者からの不服申し立てと企業の対応

違法差別を受けたと主張する被害者は、「Australian Human Rights Commission(オーストラリア人権委員会)」(以下、「AHRC」)に対して不服を申し立てることができます。当該申し立ては書面にて行われる必要がありますが、電子メールやオンラインでの申し立ても可能であり、弁護士による代理も必要ありません。

いったん申し立てが行われると、AHRCは差別的行為を行ったとされる加害者に対し、当該申立書の写しを送付するとともに、反論書提出の機会を与えます。当該反論書は被害者に提供され、被害者はこれを受けて追加主張または和解提案などをすることができます。

その後、被害者および加害者はAHRCにおける強制的調停手続きに出席しなければなりません。違法差別にかかる申し立ての大半は、本調停手続きにおける和解により解決されることとなりますが、仮に本調停手続きで問題が解決できなかった場合には、連邦裁判所または連邦簡易裁判所に対して訴訟提起がなされることになります。

4. 違法差別に伴うペナルティー

差別禁止法の違反に対して罰金などの刑事罰は課されませんが、加害者は裁判所によって被害者に対する損害賠償の支払いを命じられることとなります。当該損害賠償には、被害者が実際に被った経済的損害(例えば違法解雇の場面においては、解雇時から新たな就業までの賃金)のほか、当該差別により被害者が受けた苦痛に対する慰謝料も含まれることとなります。また、敗訴した加害者は、上記損害賠償の支払いに加え、被害者が負担した弁護士費用についても支払うよう命じられる可能性があります。

5. 差別問題にかかる法的リスクを低減する方策

差別に関する請求の大部分は雇用や職場関係に起因するものであり、雇用者は、適切な防止措置を講じていなかった場合、加害者従業員が行った行為についての代位責任を負わされる可能性があります。

企業としては、以下の点に留意する必要があります。

・ 就業者の募集広告においては、差別的と捉えられるような記載は一切行わない。例えば日本語によるコミュニケーション能力が必須な場面でも、「日本人であること」を条件とするのではなく、「高度な日本語能力を有すること」を条件とすべきである。

・ 採用インタビューの場面では、すべての候補者に対して同一の質問を行う。例えば、深夜残業が予想される仕事においても、女性候補者のみに当該時間帯の就業可否を確認するのではなく、全候補者に公平に質問を行う。

・ 仕事内容に関係しない限り、差別保護対象となる項目についての質問は行わない。例えば、婚姻の有無や子どもの有無、出身国などに関する質問は極力避ける。

・ 差別禁止に関する社内規則を必ず作成する。また、当該規則の内容を従業員に周知させるとともに、定期的にトレーニングを実施する。

・ 従業員のパフォーマンス・レビューの場面などにおいては、一律の基準を適用していることを強調するとともに、差別的な発言と捉えられるコメントをしないよう留意する。

・ 会社が差別行為を認知した場合、ただちに当該行為についての調査を行った上で、当該差別行為を中止させる措置および再発防止措置を講じる。

6. 予定される連邦差別禁止法の改正

連邦政府は2011年9月1日に、現在複数の法令にて規定されている連邦差別禁止法を1つの法令に統一化することを発表しており、当該改正法の草案は、パブリック・コメントに付されるため、本年下旬に公表されることが予定されています。当該法改正の動向についても、今後留意しておく必要があります。


※本記事に関する意見・質問は下記まで。
リチャード・ラスティグ   Email: Richard.lustig@bakermckenzie.com
エリザベス・タイスハースト Email: Elizabeth.ticehurst@bakermckenzie.com
辻本哲郎       Email: Tetsuo.tsujimoto@bakermckenzie.com

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る