炭素排出権取引制度が企業財務に与える影響

税務会計最前線

KPMG会計事務所 シニア・マネジャー 北村美幸

炭素排出権取引制度が企業財務に与える影響

 オーストラリア連邦政府は、2007年の京都議定書批准以来、さまざまな政策を通じて環境変化問題に対応している。中でも国家温暖化ガスおよびエネルギー報告法(National Greenhouse and Energy Reporting Act, 以下NGER法)で要求される、温室効果ガス排出およびエネルギーの消費や生産に関する報告書提出や当該企業の登録、および炭素汚染削減政策(Carbon Pollution Reduction Scheme, 以下CPRS)の一部である排出権取引制度(当初の予定であった2010年7月から2011年7月に変更)の導入は、企業経営に重大な影響を与えることが予想される。本稿では、2008年12月に発行されたCPRSホワイト・ペーパーを基に、排出権取引制度が企業財務に与える影響について説明する。

排出権取引制度
 オーストラリアは「キャップ・アンド・トレード方式」の排出権取引制度を導入する。キャップ・アンド・トレード方式は、政府がオーストラリア内での温暖化ガス排出量の上限を設定し、その上限内で排出権(Permits)を企業に提供する。該当企業(以下参照)は、政府の競売または流通市場(Secondary market)から排出権を購入し、毎年12月15日までに同年6月30日年度に排出された温暖化ガス量に応じた排出権を利用する。
 排出権価額は、2011年7月からの1年間は、移行措置として炭素1トン当たり10ドルの固定価格が適用される。また、移行措置期間は排出権の上限は設定されないが、この期間に購入した排出権は明年度に利用することができない。政府の競売は、2012/2013年度から開始される。
 石炭火力発電事業(Strongly Affected Industry, 以下SAI)および炭素集約型貿易産業(Emissions-Incentive Trade-exposed Industries、以下EITEI)には、支援措置として政府から無償排出枠が供与される。
企業の法的義務の認識
 企業は、CPRSおよびNGER法が定めている義務を理解する必要がある(表①参照)。CPRSでは、企業を法的義務のある企業(Liable Entities)、法的義務のない企業(Non-Liable Entities)および参加企業(Participating Entities )に分類している。法的義務のある企業とは、ある限界値(一般に年間2万5,000トン)を超過する温室ガスを排出する設備や事業を有する企業である。参加企業とは、金融機関など、排出権や排出権の先物取引を売買する企業(個人も含む)である。それらの企業以外を法的義務のない企業としている。
1. 法的義務のある企業は、6月30日年度の温暖化ガス排出量の2万5,000トンを超過する部分に対する排出権を、12月15日までに取得および利用する。
2. NGER 法で報告が義務付けされている企業は、6月30日年度に直接的および間接的に排出した温暖化ガス(CPRSの下では直接的排出のみ)に関する報告書を10月31日までに提出する(初回の報告書は2009年10月31日が提出期限)。
3. NGER 法で登録が要求される法的義務のない企業および参加企業は、6月30日年度に直接的および間接的に排出した温暖化ガスに関する報告書を10月31日までに提出する。
4. 不正報告書の提出または、当該企業の未登録には罰金が課せられる。
会計への影響
損益計算(Profit and loss statement)

 法的義務のある企業は、炭素ガス排出権費用、炭素排出量の測定およびそれに伴う新システムの導入、報告書作成等のさまざまな費用が新たに発生する。さらに、それらの費用が価格転嫁されることにより、法的義務のない企業や参加企業にも影響を及ぼす。法的義務のある企業は、排出権購入費用と炭素排出量の減少政策に掛かる費用を比較し、どちらが有効な手段であるか検討することにより、新たな費用の発生を最小限に止めることが可能となる。
貸借対照表(Balance Sheet)
 現行の国際会計基準(International Financial Reporting Standards、 以下IFRS)は、CPRSに関連する資産および負債に対する会計基準を特に設けていない。国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board=以下IASB)は、2009年後半に炭素排出権取引制度に関する会計基準の草案を発表、2010年には正式に決定する予定である。オーストラリアでは、IASBで決定される会計基準が適用される可能性が高い。
 貸借対照表への影響として、炭素排出権資産並びに炭素排出未払費用の認識と評価、資産の減損およびデリバティブの適用が考えられる。以下は、現行のIFRSで許容されると考えられる会計処理である。
資産の減損
 豪州会計基準139号(Impairment=AASB139)下では、法的義務のある企業の莫大な排出費用の発生は、減損の兆候と考えられる可能性がある。減損の兆候が存在する場合は、資産の減損テストを行う必要がある。またそのほかの企業も、法的義務のある企業からの価格転嫁により経費が増加し、減損テストに使用する将来キャッシュフローに影響が起こると考えられる。
デリバティブの適用
 流通市場で取得した排出権の先物契約は、金融商品または無形固定資産として扱われると考えられる。金融商品として認識するには、その先物取引が現金で純額決済され、なおかつ企業が自社で使用しない目的で保有しているという条件を満たす必要がある。先物契約は公正価値で評価し、公正価値評価差額は損益計上する。
 また、無形固定資産と認識する場合は購入価格で計上し、排出権価額の減少等、減損の兆候が存在すれば減損テストの対象となる。また、活発な市場が存在する場合は公正価格への再評価が可能である。
その他
 排出権の売買を行う参加企業は、排出権を通常の棚卸資産と同様に認識し、原価または正味実現可能価額とのいずれか低い額で計上する。 
税務への影響
 排出権の税務上の取り扱いは、新たに設けられる税法規定によって定められる。ホワイト・ペーパーでは、回転残高方式(Rolling Balance Method)が適用されると説明している。回転残高方式では、排出権購入費用は損金算入し、排出権期首残高と期末残高の差異は課税所得に反映する。例えば、期末棚卸残高が期首残高より減少した場合、その差異は損金算入し、反対に増加した場合は課税所得に含む。排出権売却収入は排出権が売却された年度に課税所得に含む。また、非商業目的以外で排出権を提出した場合は、損金算入することができない。
 企業は、排出権を取得価格または時価で評価するか年度末に選択する。評価方法は、移行措置期間であるCPRS施行後5年間は変更できるが、移行措置期間終了後は変更できない。
その他
 企業は、NGER法への登録や正確な炭素ガス排出量報告書を作成するため、自社が排出する温室効果ガスの種類や排出量を正確に把握する必要がある。また、企業はCPRS導入が自社にどのような影響を及ぼすか、財務、経営などさまざまな視点から検討し、事業戦略を立てる必要に迫られるであろう。

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