ブロークン・ヒル市が文化遺産に

19世紀以来の鉱山町、10年の執念

 NSW州西端の鉱山町ブロークン・ヒルの名は周辺のバリアー山脈の丘陵の切れ目という意味で探検家チャールズ・スタートが名付けた。SA州アデレードまでは500km強、NSW州シドニーまでは1,100kmの距離があり、1883年にこの土地で牧童が銀を発見し、鉱山町が生まれた。鉱山企業BHPはこの町から生まれ、Broken Hill Proprietaryという社名がBHPの由来になった。そのブロークン・ヒルが国内の都市としては初めて文化財に相当する文化遺産に指定された。同市では10年にわたって文化遺産指定の運動を続けてきており、その努力がようやく実ったといえる。

 1月20日、グレッグ・ハント環境相がブロークン・ヒルを訪れ、「オーストラリア僻地の町、鉱業、オーストラリア精神というとブロークン・ヒルを思い浮かべる。画家のプロ・ハートや映画のプリシラ、鉱山企業のペリリャまで、ブロークン・ヒルは美術、文化、鉱山産業の町であり、オーストラリア奥地を代表する町だ。銀、亜鉛、ブロークン・ヒルの特徴となっている資源はそのままオーストラリア国家の礎となった」と語った。

 ハント環境相は、ポート・アーサー、シドニー・オペラハウス、グレート・バリア・リーフなど国内102箇所の文化遺産に新しくブロークン・ヒルが加わったと宣言した。2005年、市議会がブロークン・ヒル市を文化遺産登録にノミネートすると決議し、環境問題弁護士のサイモン・モールズワース教授がキャンペーンの先頭に立ってきた。当初、市の鉱業界が、「遺産に登録されれば史蹟や環境の保護で多大な負担が出るのではないか」と懸念した。また、モールズワース教授は、「ある意味、ブロークン・ヒルは保守的な社会であり、遺産指定が市のためになるのかと質問していた。しかし、推進派は懐疑的な人々を説き伏せてきた。

 ウィンスン・カイ市長は、「今日という日はブロークン・ヒルの歴史最高の日だ」と語っている。
■ソース
Broken Hill becomes first Australian city to join National Heritage List after decade-long campaign

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