ロシア皇帝ひ孫の男性、淋しい死

家族の捜索にも気づかず北部準州で

 ロシアのアレクサンドルIII世のひ孫がオーストラリアの北部準州(NT)で孤独な死を遂げたことが伝えられている。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 男性はレオニード・グレビッチ・クリコフスキーさん。9月27日にNTのキャサリンで家族に看取られずに亡くなったが、クリコフスキーさんは、ロシアのロマノフ朝最後の皇帝ニコライII世の父、アレクサンドルIII世のひ孫にあたる人だった。

 ダーウィンのマラク地区のセルビア正教会でのクリコフスキーさんの葬儀には30人ほどの人が集まり、州政府のピーター・スタイルズ多文化問題相、豪ロシア正教会のミハイル・プロトポポフ博士、駐豪ロシア大使館のマキシム・ラク氏らが参列、クリコフスキーさんのモスクワの家族からのメッセージが読み上げられた。

 「彼がモスクワから遠く離れたところにいることを知らされ、また、彼と連絡を付けることができるかも知れないとの期待をもって消息を捜していた。しかし、数日後に警察から彼が死んでいたことを告げられた。レオニードとは彼が1967年にデンマークからオーストラリアに移住したまま連絡が途絶えていた。葬儀に参列の人々は彼がオーストラリアに来る前のことは何も知らないことと思う。シドニー、キャサリンで彼と出会った人は、彼がロシア皇帝、アレクサンドルIII世の子孫であることを知らないことと思う。彼はそのことをあまり話したがらなかった。レオニードは結婚もせず、また子供もなかった」とメッセージは述べている。

 クリコフスキーさんは、キャサリンのキャラバン・パークで飼い犬とひっそり暮らしていたが、9月に木の下で心臓マヒで息絶えているのが発見された。ダーウィンにはロシア正教教会がないため、セルビア正教教会で葬儀が行われ、NTの最富豪パスパリーズ家が同家私有墓地にクリコフスキーさんの墓を建てることを申し出ている。

 ロシア王室は1918年にロシア革命でニコライII世の子供を含めた家族全員が銃殺刑に処されたが、他の王族は亡命した。クリコフスキーさんは、シドニーで暮らしていたが、退職後国内旅行を始め、キャサリンで車が故障したまま、亡くなるまでの5年か6年、キャサリンで暮らしていた。死後2か月、身元も分からなかった。
■ソース
Kulikovsky funeral: Russian royals searched for relative just days before his death in NT

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