元海軍掃海艇、浮かぶバックパッカー・ホステルに

1960年代東南アジアの戦乱を経験し

 1960年代、HMASカーリューは、豪海軍の掃海艇群の一隻として戦乱の続く東南アジア周辺海域で活動した。退役して後、過去20年間は個人所有の持ち船としてTAS州ヒュオン川に係留され、ボートハウス代わりに使われていた。

 そのかつての掃海艇がQLD州ブリスベンに移され、浮かぶバックパッカー・ホステルとして二度のおつとめに就くことが決まった。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 HMASカーリューは、元はイギリス海軍のトン級掃海艇6隻の一つで1960年代に豪海軍が購入、姉妹艇にはホーク、スナイプ、アイビス、ティールなどがあり、いずれも海上で磁気による浮遊機雷の作動を防ぐため艇体は木とアルミニュームでつくられている。

 カーリューは、1967年に豪海軍初の機雷掃討艇として改装されて以来28年間海軍に所属、パプア・ニューギニア周辺海域で第二次世界大戦期の残留機雷の処分を行い、1964年2月、ジャービス・ベイで豪海軍駆逐艦ボエジャーが豪海軍唯一の空母メルボルンと衝突し、大勢の死者を出した事故の際には真っ先に現場に駆けつけている。また、1974年のサイクロン・トレーシーに大きな被害を受けた北部準州のダーウィンでも復興に大きな役割を果たした。

 新しい所有者のクリス・ミッチェルさんは20年前にカーリューを一目見て気に入ったが当時の売値は100万ドルでとても手が出なかった。しかし、今回は1ドルで買い取ることができた。間もなくTAS州を離れてブリスベンに移り、かつての乗組員らがレストアのためにボランティアで名乗りを挙げており、年間15万ドルほどの維持費を捻出するためユニークな経験を求めるバックパッカー向けの宿泊船として内部を改装される。

 ミッチェルさんは、「一晩に20人程度、年300日は問題なく稼働できる。博物館で陳列するよりも人が実際に触れて歴史を体験できる方がいいと思う」と語っている。

 船体は1ドルで購入できたが、ミッチェルさんはカーリューをブリスベンまで航海させるためにすでに10万ドル以上の経費をかけている。
■ソース
Ex-Navy minesweeper HMAS Curlew’s new mission as floating backpacker hostel

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