WA州の有名な冤罪事件の被害者アメリカで死亡

無実の罪で12年服役、出所14年でひき逃げされる

 WA州の殺人容疑裁判で有罪判決を受けた男性が獄中から無実を叫び続けて12年、ようやく警察が無実を認めて冤罪が晴れたが自由な生活を満喫できるようになってわずか14年、結婚を目前にしてアメリカでひき逃げされ、亡くなった。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 アンドリュー・マラード氏(56)は今週ロサンジェルスで亡くなっており、当局ははねた車の行方を追っている。

 1994年5月23日白昼、パース市の宝飾店「フローラ・メタリカ」で店主のパメラ・ローレンスさんが頭を鈍器で強く打たれて倒れているのが発見され、病院に運ばれたが数時間後に死亡した。

 容疑者として136人が浮かび上がり、その中にマラード氏も入っていた。マラード氏は神経衰弱を患って定住地のない生活をしていたが、警察官を装って住居侵入窃盗未遂で逮捕された後、グレイランズ精神病院に入れられた時に警察が注目した。マラード氏は何度か取り調べを受けた後に殺人罪で逮捕され、警察ではマラード氏はローレンスさん殺害方法について推測を自供し、マラード氏が殺害に使ったと主張するレンチの絵まで描く始末だった。

 マラード氏は、「取り調べの警察官に事件現場の情報を繰り返し吹き込まれたと主張したが、警察はマラード氏の自白と断定し、裁判では20年の懲役刑を言い渡された。

 マラード氏は州最高裁と連邦高裁に控訴したがいずれも一審を支持した。そこで家族はジャーナリストのコリーン・イーガン氏に話を伝え、当時のWA州議会野党のジョン・クィグリー影の法務長官とともに独自の調査を始めている。クィグリー氏は政界入りする前、WA州警察官組合の弁護士を務めており、警察捜査の弱点を周知していた。クィグリー議員は政治的圧力をかけて事件の検事側の調書を発掘、裁判で重要な証拠品が提出されていなかったことを突き止めた。

 病理学者が自供にあったと同タイプのレンチとブタの頭を使って実験した結果、ローレンスさんの傷は自供のレンチでは不可能ということが断定された。しかし、この証拠は法廷には持ち出されなかった。

 さらに、証人の最初の証言が、法廷に提出された2度目、3度目の証言と矛盾することが突き止められた。

 2005年11月、連邦高裁はマラードさんの有罪判決を破棄し、誤審と判決した。しかし、検事局は以前としてマラードさんを最重要容疑者としていた。

 その後、迷宮入り殺人事件再捜査の過程で、ローレンスさんの頭についていた青いペンキの薄片が、別の殺人事件で服役していたサイモン・ロックフォード受刑者のナップサックから採取されたものと同一ということが突き止められた。

 ロックフォードは、ローレンスさん殺害事件の7週間後にガールフレンドを殺害し、終身刑を言い渡されていた。しかも、ガールフレンドの傷はローレンスさんの傷とほぼ同じで、ロックフォードのナップサックに入っていた凶器によるものと断定された。

 ロックフォードはローレンスさん殺害事件の事情聴取を受けて間もなく獄中で自殺している。

 一方、WA州政府から325万ドルの賠償金を受け取ったマラードさんはイギリスに渡り、ロンドンと、フィアンセの住むアメリカの間を往復する生活をしていた。

 また、WA州の腐敗犯罪調査委員会が捜査にあたった警察官の不法行為を調査し始めたところで事件に関係した警察官らは辞職し、懲戒処分を免れている。
■ソース
What was Andrew Mallard accused of doing and how did he prove his innocence?

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