オーストラリア・デー、祝賀、市民権授与式、抗議行動

13,000人の新市民、祝日変更を訴える先住民族

 1788年1月26日、アーサー・フィリップ提督の指揮する1500人ほどの囚人と英軍将兵を載せた第一次移民船団がシドニー・コーブに碇を降ろした。翌日、フィリップ提督が大英帝国植民地領有宣言を行った。

 1月26日は何度か名前を変え、日付も変え、最終的にオーストラリア・デーと定められた。しかし、その由来のため、先住民族アボリジニの人々にはこの日を「侵略の日」と呼び、祝賀には参加せず、抗議の行進を行う者も多い。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 この日は移民の人達に新しく市民権を授与する式典も行われる。今年は13,000人が出席して行われた。

 シドニーでは早朝にバランガルーでアボリジニの煙を焚く式が行われた。シドニーの海軍基地には軍艦キャンベラが入港し、祝賀式が行われた。メルボルンでは市民が行進に国旗を振った。また、QLD州カルーンドラでは模擬第5軽騎兵連隊がアボリジニ旗と国旗を掲げてパレードをした。ブリスベンでは、ストーリー・ブリッジ・ホテルでオーストラリア・デー恒例のゴキブリレースが開かれた。

 WA州ではパース北郊地区で600人近い新市民の市民権授与式にマーク・マクガワン州首相が出席した。この式典では州首相が、「オーストラリア・デーの受勲名簿は900人近い受勲者のうちにWA州市民が占める比率が’小さすぎる。東部偏重がここにも表れている」と苦情を述べた。

 キャンベラではマルコム・タンブル首相が市民権授与式で挨拶し、「オーストラリアは、他の国のように民族や宗教、特定文化によって国を規定することはしない。オーストラリアは民主主義、自由、相互敬意、男女平等、法治への固い決意など共有する理念で国を規定している」と語った。

 南極ではイギリスの鉛管工、テリー・バレル氏が南極でオーストラリア市民権を受容される2人めという記録を作った。

 一方、シドニーやメルボルンなどいくつかの州都、その他の土地でアボリジニの「侵略の日」抗議行進が行われた。抗議行進と集会では、連邦議会が設立された1901年1月1日など、すべての国民が祝える日をオーストラリア・デーとする要求が挙げられている。
■ソース
Australia Day: Celebration and citizenship ceremonies mark January 26

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