フィッシャー元国民党党首兼連邦副首相死去(73)

ベトナム従軍から議員、大使を歴任、多忙な人生

 元国民党党首兼連邦副首相のティム・フィッシャー氏が急性白血病で闘病生活の後、死去。73歳。
 ABC放送(電子版)が伝えた。

 フィッシャー氏は20歳で徴兵されてベトナムの密林での戦闘に参加し、最後の公務は駐バチカン豪大使だった。

 フィッシャー氏は1946年5月3日にNSW州リベリナ地域のロッカートに生まれ、1968年から69年までをベトナム戦争で過ごしている。

 1971年には24歳でNSW州議会議員に当選し、13年間スタート、マレー両選挙区で州議会議員を務めた後、ファラー選挙区から連邦議員になっている。

 1996年にはTAS州の歴史地区ポート・アーサーで起きた35人射殺事件を受けて、ジョン・ハワード連邦首相が自動、半自動小銃の禁止や銃買い上げ運動を提案すると、国民党支持基盤の農家の反対を押し切ってこれを支持した。

 独特の性格と独特の話し方で知られたフィッシャー氏は同時に誠実な人柄でも知られ、労働党議員や支持者からも広く尊敬を受けていたが、心底農家出身の保守派でもあったフィッシャー氏は、オーストラリア先住民族権を確立したマボ判決やウィク判決には反対し、「自分は人種差別主義者でもなければレッドネックでもない」と言わざるを得ない立場に追い詰められたこともある。

 政治以外の場面では鉄道好きとしても知られた他、毎年オーストラリア最高峰やブータン王国にも出かける山好きでもあった。

 フィッシャー氏が1999年に突然政界引退を表明した理由について政治生活の多忙と語っているが、2001年になって、息子のドミニクさんとハリソンさんが自閉症であることがはっきりしてきたためと語っている。また、ハリソンさんの自閉症診断で自分も自閉症の傾向があることに気づいたとも語っている。

 2008年、ケビン・ラッド労働党連邦政権は、カソリック信者のフィッシャー氏を駐バチカン大使に任命しており、3年近い期間にメアリー・マキロップをオーストラリア初の聖人として列聖する運動に成功している。

 その後、ワガワガに近いボリー・クリークからVIC州の農場に転居し、農業問題と銃規制の活動を続けてきた。しかし、白血病と診断されたことで大きく変わった。フィッシャー氏は、ベトナム戦争従軍中にベトナムの密林を裸にする枯れ葉剤、エージェント・オレンジに触れたことで免疫系が痛めつけられ、血液がんの広がりが早まったのではないかと語っている。

 それでもフィッシャー氏は、「自分だけでなく、大勢の者がベトナムに従軍し、命を落とした」と語っている。
■ソース
Tim Fischer, former Nationals leader and deputy PM, dies from leukaemia, aged 73

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