南極観測船「しらせ」シドニー寄港

豪砕氷船救助の英雄的歓迎

 3月25日付シドニー・モーニング・ヘラルド紙(電子版)は日本の南極観測船「しらせ」のシドニー寄港を約100年前の白瀬南極探検隊のシドニー寄港の際のできごとと合わせて報じている。

 1911年5月、白瀬中尉の南極探検隊は、夏を過ぎた南極の探検を断念し、シドニー湾に入ったが、探検隊員がボークルーズのパースリー・ベイに停泊、半年にわたって野宿したため、一時はスパイ容疑もかけられたが、シドニー大学のタナット・エッジワース・デビッド地質学教授のはからいで疑いも晴れ、探検船「開南丸」がシドニーを去る時にはたくさんのボートが見送りに出ている。エッジワース・デビッド教授の好意に報いるため、白瀬中尉が愛刀を贈ったことはよく知られている。

 2代目しらせは、文部科学省の予算で建造し、実際の運営は海上自衛隊が行っており、乗組員は自衛隊員。3月25日のグッド・フライデー、しらせは豪海軍基地内のガーデン・アイランドでその姿を公開した。105年前の開南丸寄港の時とは違って、熱烈な歓迎を受けて入港したことが伝えられている。

 この2月、モーソン豪南極観測基地への補給物資を運んでいたオーストラリアの砕氷船で、P&O社の所有する「オーロラ・オーストラリス」が氷に取り囲まれて動けなくなった際に、しらせが予定を変更して同船の探検隊員66人を救助、ケーシー基地に運び、隊員はそこからオーストラリアに帰国した。3月にニック・ゲールズ豪南極部長が、「日本側は、日本の砕氷船が近海にいることを知らせてくれ、急行してくれた。このような相互支援は南極条約に基づく体制がよく機能している証しだ」と語っている。

 前日の24日、シドニーの高岡正人日本総領事がしらせ船上で歓迎の挨拶を行い、「オーストラリアの熱烈な歓迎は両国友好関係が強く続いている証しだ」と語った。

 第57次JARE探検隊は、磁気圏物理学者の門倉昭を隊長とする62名で構成されている。
■ソース
A century later, Shirase returns to Sydney a hero after rescuing 66 Australians

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