ランドスケープ・アーキテクト  満田みきさん

豪で輝く30'sキーパーソン
職場のスタッフとともに

日豪プレスも今年で31歳 ! ということで、オーストラリアで活躍する30代に、“活き活きと輝く”ための秘訣を聞く。


ランドスケープ・アーキテクト
満田みきさん

職場のスタッフとともに

「これは3.5ヘクタールの宅地開発。建築士と、道を上がって来た時にこの木は綺麗に見えるか、眺望は抜けているのか、すべての家のリビングに北向きの光は入るかなんてことを話し合うんです」「自然の排水が谷を通るのでここは家を建てずに公園に。その下の土地は池のある公園にして、反対に上のオープン・スペースはドライな公園にする。そんな風に異なったキャラクターを持たせながら全体をつなげていきます」「公共スペースを住民が管理するというのが今回取り入れたユニークな仕組み。そのことで住民の交流が活性化する。人間が手を取り合って自然と共生していく。そんなライフスタイルを提案したいんです」

1/500スケールの模型を前に、進行中のプロジェクトについて説明するのは、ランドスケープ・アーキテクトの満田みきさん(38)。彼女は今、オーストラリアの優しい風に吹かれながら、理想の仕事を手に入れた喜びをかみしめている。

満田さんが勤めるのは、リノベートされた色とりどりのタウンハウスが軒を連ねる閑静な住宅地、シドニーのサリーヒルズにある「マテリアル」というランドスケープ設計会社。この事務所も、歴史を感じさせる2階建ての煉瓦造りの建物を、外見はそのままに内装を改築。屋根の勾配をそのまま生かした開放感のある高い天井が心地よい。屋上緑化の推進家でもある社長を含め、9人のスタッフの中で日本人は満田さんただ1人だ。

取材で訪れたわれわれを、「コンニチワ!」と、まるで日本語を使うことが楽しくて仕方ないといった様子で元気に迎え入れてくれたのは、同僚のオージー・スタッフら。はきはきとした話し方や、真剣な受け答えから受ける「まっすぐ」という第一印象通りなのだろう。彼女が同僚たちに愛されているのが容易に分かる。

ランドスケープとは景観を構成する諸要素。その建築とはつまり、土地が持つさまざまな要素を基盤にして、都市空間や造園空間、建築群や街並みといった景観を、設計・構築することを言う。満田さんはそのランドスケープ・アーキテクトとして3年、この事務所では半年になる。

「やっと3年。まだまだひよっこです」と言うものの、「これがミキの仕事のファイルよ」「こっちが模型、素晴らしいだろう!」と彼女を紹介する周りのスタッフの顔はとても誇らしげだ。

満田さんが現在手掛けているのは、個人住宅から、学校施設、冒頭の宅地開発、屋上緑化まで仕事の大きさも種類もさまざまだ。しかし共通するのは、土地が本来持つ魅力を最大限に生かし、その中で人間が自然と共生しながらいかに快適な暮らしができるかというテーマ。

「例えばこの個人住宅のバックヤードは、周囲のユーカリの林とつながるように樹種を選定しながら、その木々によって、2階からの眺望をフレーミングするようにデザインしたんです」。現場に赴き、クライアントの意向を聞きながら、完成後の景観、吹き抜けるそよ風、木々のそよぐ音、そして香りまで、目をつむって想像を巡らす。

開発を続けてきた人間が地球環境に大きな影響を及ぼしてきた事実は明白。そして満田さんは今、「自然の力を生かす開発」に情熱を注いでいる。

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満田さんが手掛けたプライベート・ガーデンのコンセプト・スケッチ。ランドスケープや屋上緑化に関する問い合わせはEmail: miki@material.com.auまで

長い道のり、川上から川下に

そもそも満田さんがこの職業を目指すきっかけとなったのは、大学生時代に出会った1冊の本、建築家・芦原義信の『街並みの美学』だった。

「私が育った千葉の船橋は埋め立て地。道に並木はなく、建物が建ち並び、ドライでグレーな環境。一方で小さい時に観た欧米の映画に登場する住宅地は、木々の緑や青い空がとても綺麗。何がこんなに大きな差を生むんだろうとずっと疑問でした」

そして、その本を読んだ時に目から鱗が落ちる思いをした。当時、ランドスケープ・デザインという概念は日本にはほぼ皆無だった。「道幅と建物の高さの比率であったり、道をまっすぐ設計するのか曲げて設計するのか、そういう景観の美が日本の街を題材に研究され、解説はとても理論的でした」

経済を専攻していた満田さんだったが、就職先は不動産ディベロッパーにした。何ておもしろい職業なんだ、と感じたからだ。入社後はオフィス・ビル営業や広報に関わるが、「まだまだ男性社会の業界に限界を感じた」。さらに地価の下落により、長期開発が難しくなり、焦点は短期回転のプロジェクト、そして金融寄りの業態にシフトしていく中で、違和感を感じた。

「毎日自分の好きな設計ができたら、きっと毎日ニコニコなんだろうな」。その思いに至った入社6年目、満田さんは大学の戸を叩いていた。自分が本当にしたいのは設計なのだと気付いたのだ。午後6時の終業時間とともに会社を飛び出し、3年間毎日通ったのは、早稲田大学の都市デザイン科。仕事との両立は困難を極めたが、海外で一流の理論を学んだ優れた先生からはとても啓発された。いよいよ卒業という時には、今度は海外で学びたいという衝動に駆られる。「当時の日本はランドスケープの領域についてはまだまだ。先生たちからも海外で学ぶことを薦められました」。

9年間働いた会社をすっぱりと辞め、向かった先はメルボルン。大学院入学には規定のIELTSレベルをクリアしなければならず英語を必死になって勉強した。2年で無事に卒業後、シドニーの大手建築設計事務所に就職。2年の経験を積み今年2月に今の会社に移った。現在は豪州ランドスケープ協会の登録アーキテクトになるための手続きを申請中だ。「日本で再び大学に通い始めた時のパワーは今考えると相当なもの。その時の勢いがあったから今の自分がある。もちろんあのまま会社にいた方が稼げていたかもしれない。けど後悔はありません」。普通なら設計者からディベロッパーになることを目指すところを、彼女の場合は川上から川下に下ったようなもの。「でも、ここまでできるようになったっていう達成感がある」

この国でよかった

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ウィロビー交響楽団のオペラ・ハウス公演で

オーストラリアはある意味でランドスケープ・アーキテクトの分野ではリーダー的存在だ。少ない水は常に重要なテーマであり、自然環境保護の意識は古くから高い。満田さんはこの国は、自然条件を守りながら開発していくマーケットが確立していると言う。また、植物がとてもユニークで、欧米とは違う美の魅力があると言う。「そういった環境で仕事に取り組めることが幸い。それに、日本のように毎晩遅くまで働くこともなく、仕事とプライベートのバランスが取りやすいのもいい」

満田さんは、日本で働き始めた時にやめてしまった、小さいころから続けてきたバイオリンを、オーストラリアに来て再び始めた。コミュニティー・オーケストラとしては最高レベルと言われるウィロビー交響楽団に入り、先日はオペラ・ハウスでも公演を行ったばかりだ。

「近所の海沿いを歩くだけで幸せな気分になれる。日本では考えられない条件がそろっている。そう考えると、かなりロングタームですけど、大学の時にぼんやりと思い描いていた夢を実現しているのかな」。満田さんは照れ笑いしながらそう言う。

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