進出日本企業インタビュー第18回「全日本空輸株式会社」

進出日本企業  トップ・インタビュー

第18回 全日本空輸株式会社

定行 亮 シドニー支店長

「青い翼」がオーストラリアの空に帰ってきた。映画「スターウォーズ」の特別塗装を施した全日本空輸(ANA)の羽田−シドニー第1便は2015年12月12日朝、シドニー・キングスフォード・スミス国際空港に到着した。オーストラリア路線復帰の狙いと今後の展望について、定行亮・シドニー支店長に聞いた。 (インタビュー=ジャーナリスト・守屋太郎)

シドニーから羽田経由で全国へ
夜発・朝着でシームレスに接続

——初めにANAグループの概要についてお聞かせください。

1957年に「日本ヘリコプター輸送」として創業しました。その後、日本の高度経済成長の一翼を担う国内線専業の航空会社として発展しましたが、86年に国際線定期便就航を果たしました。2016年春には国際線就航30周年を迎えます。

現在、国内線と国際線の割合は収入ベースでおよそ6対4です。グループ全体の中期経営計画では、さらに国際線事業を強化していく方針を掲げ、国際線の割合をまず5割まで高めることを目指しています。

13年に持株会社制に移行し、ANAホールディングスの下で、中核企業である全日本空輸、ANAウィングス、エアジャパン、ロー・コスト・キャリア(LCC)のバニラ・エアなどの「航空事業」、空港地上支援、航空機整備、貨物・物流、ケータリング、コンタクトセンターなどを手がける「航空関連事業」、「旅行事業」、「商社事業」などを展開しています。各社の役割をより明確化し、自立して世界で通用する価値創造ができるよう、持ち株会社制によるグループ経営へと変革しました。

部門別の売上高構成比(15年3月期)を見ると、ANAを中心とした航空事業が全体の4分の3を占めます。国内線輸送旅客数は日本国内1位、世界9位、国際線を含めた総輸送旅客数は世界15位の規模があります。保有機材数(15年3月31日時点)は234機あり、国内50都市、海外38都市に就航しており、今回のシドニーが39都市目です。航空貨物事業では近年、沖縄をハブにしたアジアへの輸送に力を入れています。グループ全体で約3万5,000人の社員を雇用し、そのうち約1万2,000人がANAに在籍しています。

——ANAはかつてシドニー~成田線を運航していましたが、オーストラリアを訪れる日本人観光客市場の低迷を背景に自社運航便を99年に、共同運航便を01年にそれぞれ廃止しました。90年代の最盛期には年間90万人以上の日本人がオーストラリアを訪れていましたが、現在では3分の1以下に減少しています。一方、当時少なかった訪日オーストラリア人はこのところ急増しており、14年は30万人を突破しました。そうした中で、ANAがオーストラリア線を再開した狙いは?

主に2つの側面があります。1つはANAのグローバル戦略です。ANAは国際線参入以来、一貫して海外路線網を広げてきましたが、近年は日本国内の人口減を背景に国際線の重要性が更に増しています。そこで、シドニー線の撤退以来ANAの国際線ネットワークの中で空白地帯となっていた南半球(ジャカルタなど赤道に近い一部の都市を除く)に、もう一度参入したいと考えたのです。

2つ目は、日豪の2国間関係が近年、大きく様変わりしたことです。以前に就航していた頃、日豪間の航空市場の大半はハネムーンやパッケージ・ツアーなどの日本発の観光需要でした。現在も大幅に減少したものの日本人観光市場は一定の需要を維持しています。しかし、これに加えて、日豪間のビジネス交流は従来の資源を中心とした貿易からサービス産業など幅広い産業に裾野が広がり、日豪経済連携協定(EPA)が締結されるなど今後の需要拡大も見込まれています。北海道や長野県のスキー、東京や京都の観光を中心に、オーストラリア人の訪日需要も急拡大しています。ビジネスと観光の両面で、日豪の双方向に、人の流れが加速しているのです。

2015年12月12日、シドニー空港に到着した「R2-D2™ ANA JET」(撮影:馬場一哉)
2015年12月12日、シドニー空港に到着した「R2-D2™ ANA JET」(撮影:馬場一哉)

ビジネス・パーソンのお客様にとっては、羽田発着のメリットは非常に大きいものがあります。シドニーを夜出発して羽田に朝到着しますから、日本人のご出張者、オーストラリア人のビジネス・パーソンも東京に着いてすぐに仕事ができるとともに、羽田から全国各都市に向かう国内線にもシームレスに(切れ目なく)乗り継いで頂けるのです。オーストラリアにお住まいの邦人の方が地方に帰郷される際も、大抵午前中には故郷に到着して頂けます。

タラップでは新制服のCAとスターウォーズの人気キャラクター、ヨーダのぬいぐるみがお出迎え(撮影:馬場一哉)
タラップでは新制服のCAとスターウォーズの人気キャラクター、ヨーダのぬいぐるみがお出迎え(撮影:馬場一哉)

また、復路も羽田を夜に飛び立つので、都心の会社で働いている方が仕事の後にすぐに搭乗して頂けるだけではなく、日本の各地方都市からもゆっくり地元でお過ごしになってからのご出発でスムーズに乗り継いで頂けます。シドニーには朝到着しますので、貴重な時間の節約になるだけではなく、オーストラリア国内各都市へも短時間でお乗り換え頂けます。

ビジネス・クラスには、フルフラットシートに加え隣の人と重ならないように交互にずらして配置したシート「ANA Business Staggered」を採用しましたので、夜もゆっくり休んでいただけるのも利点です。しかも、日豪間の時差はたった1時間(NSW州などの夏時間実施中は2時間)しかありません。

地方経済の活性化に貢献したい

——オーストラリアの人口は約2,300万人と他の主要市場と比較して規模は小さいものの、長年の経済成長を背景に所得水準は高く、人口増加による今後の市場拡大も見込めます。親日的な国民が多く、人口1人当たりで見ると英語圏の先進国ではトップ・クラスの訪日需要があります。オーストラリア路線の重要性について考えを聞かせてください。

まずオーストラリアを訪れる日本人市場を見ると、連邦政府は政策として観光振興に力を入れており、豊富な大自然、固有の文化、美味しい食べ物、治安の良さといった観光デスティネーションとしての良さもそろっています。そうした魅力と日本各地と結ばれる羽田発着の利点を最大限に活かすことで、全国のお客様の目を再びオーストラリアに向けて頂きたいですね。やり方次第では、日本人のオーストラリア観光需要が回復する余地はまだ十分にあるでしょう。

次に、訪日するオーストラリア人市場については、安定した経済成長を背景に国民が豊かで、旅慣れた人が多いという特徴が生かせると思います。日本の地方では現在、定住人口が減少する中でいかに多くの外国人を呼び寄せて交流人口を増やすかが、地域経済活性化の課題となっています。その点、日本を訪れるオーストラリア人は1人当たりの支出額が多く、滞在期間も長いというデータが出ています。日本にとってオーストラリア人は良いお客様なのです。

しかし、地方の観光地では外国人に対応した基盤整備が、なかなか進んでいないのが現状です。旅慣れたオーストラリア人の声を地方の観光インフラの拡充やサービスの改善に生かせば、観光産業の発展、地方経済の活性化という好循環につなげていけるでしょう。地方都市へ楽に短時間で乗り継ぎができるシドニー~羽田路線の開設を機に、充実したANAの国内線ネットワークを生かして、1人でも多くのオーストラリア人が日本の津々浦々を旅して交流してもらえればと思います。

——今後のオーストラリア事業のビジョンについてお聞かせください。

インタビューに応じる定行亮シドニー支店長
インタビューに応じる定行亮シドニー支店長

ANAは現在、米国本土には8路線の自社便を運航しています。オーストラリアもアラスカを除く米国本土に匹敵する広い国土がありますが、人口は約2,300万人と米国の約14分の1の規模です。そのため、現状では、メルボルンやブリスベン、パース、アデレードといった他都市への就航は将来的な課題になるでしょう。まずはシドニー~羽田線でしっかり足場を築いていきます。

成田、羽田の2つの空港の役割を明確に分け、「グレーター・トーキョー」(東京圏)全体の競争力を高めていくというのがANAの戦略です。成田は北米とアジアを中継するハブ空港、羽田は海外と日本国内の各都市をつなぐハブ空港、と位置付けています。今回開設したシドニー~羽田線は、後者のコンセプトです。

日本の地方経済は人口減少による低迷という現実に直面しています。シドニーから羽田を経由して日本の地方都市をシームレスにつなぐことで、日豪間の更なる交流促進、特に豪州発のインバウンド需要を喚起し、日本の地方再生に少しでも貢献したいと考えています。

●PROFILE さだゆき・りょう
<略歴>1963年生まれ。国際基督教大学教養学部語学科卒業。86年、全日本空輸㈱入社。東京支店旅客部、国際旅客事業部業務部、大阪支店国際販売部などに配属。ロサンゼルス支店マネージャー、東京支店国際販売部長、長崎支店長などを経て、2015年10月より現職

<会社概要>
英文会社名:ALL NIPPON AIRWAYS CO., LTD.
事業内容:定期航空運送事業、不定期航空運送事業、航空機使用事業、その他附帯事業
設立:1952年12月
連結会社:ANAウイングス、エアジャパン、バニラ・エア、全日空商事、ANAセールス、ANAテレマート、ANA CARGO、ANAエアポートサービスなど

<会社沿革>
1952年12月 日本ヘリコプター輸送株式会社を設立
1957年12月 社名を全日本空輸株式会社と変更
1961年10月 東京、大阪証券取引所市場第二部に上場
1971年 2月 国際線不定期便運航開始(東京-香港)
1972年 8月 東京、大阪両証券取引所市場第二部から市場第一部に上場
1986年 3月 国際定期便を運航開始(東京-グアム)
1991年10月 ロンドン証券取引所に上場
1994年 9月 関西国際空港への乗入れ開始
1999年10月 航空連合スターアライアンスに加盟
2013年 4月 持株会社制の移行により、新生全日本空輸株式会社としてスタート

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る