異空間の伝統

ケアンズ風物記
ある夜の私の道場。ジュニア色帯 の連中。皆、稽古熱心ないい子ば かりで、現代の日本人よりも日本 人らしいところがある。日本人 は、伝統というものを受け付けな い風潮があるけれど、この連中の 方がすんなりと受け入れる土壌が あるのかもしれない。私の足元に アイリ。前列左端がボーっとして いる兄。この子、もしかしたら大 物になりそうた

ケアンズ風物記
南緯17度の太陽
其の118 松本主計

異空間の伝統



  ヨシ、結構落ち着いている。礼の仕方もなかなかどうして、様になってるゼ。突きや蹴りの仕種にま だまだ幼さが残っているものの、コリャもしかしたら番狂わせになるかも知れないナァ。アイリ。どん な字を書くのかまだ知らぬ。この少女、わずかに6歳。
 私の空手道場には20人近くの日本人の 子どもたちも通ってくる。皆いい子ばかり なのだが、日本人社会の常識の枠からはみ 出さないように大切に育てられているのだ ろう。体力的にひ弱で引っ込み思案。子ど もらしい覇気がない。
 まァ今時の子ども、ハイという返事も チャンとした挨拶もできない、というのは 全く普通のようだ。彼らは一群の羊のよう に扱いやすいのだが、これは彼らの長い人 生を思うと、長所ともまた短所とも言える 国民性なのだろう。豪州人の子どもと比較 して、やはり一番の長所は集中力の高さと 言える。
 同じ日本人の子どもでも片親が外国人の 場合、ほとんど男親が豪州人というケース だが、子どもの良い悪いは別にして、親が 日本人同志の子どもと大きく異なる点が1 つある。集中力。日本人同志の子どもの方 が抜群にいい。
 道場の子どものクラスは4歳以上。私は 6歳以上しか指導しない。4、5歳は女性の 有段者に全面的に任せてある。
 よく電話が掛かってくる。私の子どもは まだ6歳前だけど、6歳以上にスマートだ し体も強い。ぜひ6歳のお前のクラスに入 れてくれ。この手の親が連れてくる子ども を見ると、この子のどこがスマートなのだ ろう、と頭を捻っても分からないような子 ばかりなのだ。おまけに運動神経ゼロ、集 中力全くなし。
 豪州人の子育ては、まず誉めることからス タートする。自分の子どもはBEAUTIFULで年 齢の割合にはINTELLIGENT、ENERGYにあ ふれ、運動能力はFANTASTICと、まァ誉め言 葉にはこと欠かない。誉め過ぎだゼ、といつ も思ってしまう。
 私は別に誉めることが悪い、と言ってい るのではない。誉めるということは、大切 なことだ。しかし、この行為は大人とし て、子どもの人格と努力を認めてこその責 任ある発言であるだけに、やたらに乱発す ると逆効果になる。
 人間誰しもその年齢に応じ、自分のイ メージと言うか輪郭とでも言おうか、自我 を持っている。子どもに自分の自画像を画 かせると、その自己イメージをしっかりと持っている子とあいまいな子がハッキリと 分かるそうだ。
 ここに子どもの時のしつけと私が一番大 切だと考える親の、子どもへの性格形成の 努力の結果がかかってくる。
 子どもが悪い時には、尻の1つもひっぱ たいてもよい。それを子どもへの虐待など とたわけたことを言う世の中の方がおかし い。子どもの大切な性格形成期に必要以上 に甘やかせ、誉めちぎって育てると、自己 イメージの育たない子どもになるのは当た り前のことだ。そしてこんな子どもにはお しなべて、集中力というものがない。
 片親が豪州人の場合、少し子どもの集中 力に欠けるものがある、と私は述べた。も ちろん誰もがそうだ、と言っている訳では ない。しかし何百人と日本人の子どもを見 てくると、集中力に関してはその差は確実 にある。
 それにしても、日本人の若いお母さん像 もすっかり変わってきた。この人どこの惑 星から来たのだろう、と判断に苦しむよう な女性にもたくさん会った。まァこんなお 母さんは子どもを空手道場に連れてくる、 なんて考えは絶対に持たない。
 あの道場は厳しいヨ、先生もヤバイヨと 日本人が敬遠する私の道場に子どもを連れ てくるお母さんたちは、皆それぞれどこ かに日本人の香りを残していて、私は気に 入っている。
 最初、アイリは兄の稽古を見に、お母 さんに連れられて道場にやって来た。4歳 だった。豪州人の同年児に比べると、ひと 回りも小さい子どもだった。そのうちお母 さんに言われるのだろう、道場の入口で ピョコッとお辞儀をして入って来る。私の 顔も恐そうに見ていたが、慣れるとニタッ と笑うようになった。
 稽古をしたがって仕方ないので、何とか 兄と一緒のクラスに入れてくれないか。あ る時お母さんが言う。4歳は私は指導しな い。断ろうと思いながら、アイリという少 女をしばらく見てきたので、心が動いた。
 彼女の兄の方はボーとして何やらつか み所のない子なのだが、素直に育ってい る。子どものクラスは人数が多いので、 小さなアイリまで手が回らない。兄に、お前が妹の面倒を見ろヨ、という条件で 入門させた。
 まず入門すると、道場と家庭や学校は違 うのだ、ということを認識させねばならな い。豪州は家庭教育にも人権と権利を建 て前に、政府の法律が入り込んでくるお国 柄。こんな国でけじめということを学校で 指導するのは、まず至難の技になる。道場 ではそのけじめが、全く普通に存在する。
 まず礼儀。ごく当たり前のことを教える のだが、現代ではそれが当たり前でなく なっているようだ。頭で考えて子どもたち によく理解させて教え込む、と言えば現代 流でもっともに聞こえるが、これでは奇麗 ごとに終ってしまう。
 押し付けでよい。道場の出入りには礼を しろ。挨拶は元気よく大声を出せ。名前を 呼ばれたり、私の指示を受けたりする時 は、必ずハイと返事する。列を作る時はか かとを付け、まっすぐに立て。座る時は足 を組んでもいいが、手を両膝に置き、背す じを伸ばせ。私が話をしている時は、私の 顔を見ろ。稽古中はあくびはするな。先輩 に世話になった時は、ありがとうございま した、と礼を言え。などなど、ごく常識的 なことを体が自然に反射するように繰り返 し教え込む。体が自然に動いてこそ、本当 の礼儀になる。これは日本人も豪州人の生 徒も全く同等にさせねばらならない。
 アイリと兄は稽古に来ると、いつも私の 所にやって来てまっすぐに立ち、大声でコ ンニチワ、センセイ。「お前さん、女の子 にそんな大声を出させなくてもいいじゃな いかエ」と妻は言うのだが、子どもの大声 は稽古への積極性と集中力を高める効果が ある、と私は考えている。
 全豪州空手連盟は毎年5月、州大会を各 州の組織で行い、その各種目の1、2位に 選ばれた者が、全豪大会への出場権を得る 仕組みになっている。出場希望者は生徒の 意思に任せる。私の道場稽古は試合用の稽 古をあまり重視しないので、チームが決定 するとチームだけの週末稽古を特別にす る。生徒の意思とは言え、彼らは私の道場 の名前を背に負って試合するわけで、指導 は当然私の責任になる。
 今年の2月、アイリも稽古を始めて1年半になろうとしていた。集中力は抜群にい いのだが、兄ともども雑な動きをする。こ れは私の目が届いていない証拠で、私の責 任なのだ。兄の方も少しスピードが付いて きた。今が伸び時だと思った。私には重荷 になるのだが、チームに入れて州大会に出 すと、週末の特別稽古で少しは余計に見て やれる。
 チームに入れて州大会に出してやれ。お 母さんに持ちかけると、まさかと思ったの だろう。途惑った表情をしたが、しぶしぶ 承知した。
 道場という所は異年齢集団の場でもあ る。今年のチームは33名。6歳のアイリか ら45歳以上のベテランの部まで、年齢の 幅は広い。この連中が一緒に稽古をする。 子どもたちは自分と同年齢の者のみなら ず、年上の先輩をモデルにすることができ る。うまい連中を見ているうちに、自分が できることとできないことが明確に分かっ てくる。こうやって子どもたちは自分が気 が付かないうちに自分という人間の輪郭を 知り、これが次への成長の大きな段階につ ながってくる。
 サッカーやフットボールもいい運動だ。 しかし、同年齢のチームの中で精神的な安 穏の中にいる。道場というけじめが普通 に存在する異空間で異年齢集団の中に入っ て稽古する子どもが、精神的な発育を促進 し、人間的に成長する元はここにある。こ れが日本という素晴しい国の伝統なのだ。 アイリが試合場の中央に立った。子ども らしくない堂々とした礼をした後、型の名 前を大声で叫んだ。小さな手足が幼さを 残しながら空を切る。試合出場の最少年齢 は9歳から。型の部は6歳でも出場できる が、対戦相手は9歳だ。
 ヨシ、イケるゾ。勝てる。少なくとも入 賞はできると思った。1回戦、審判の旗が 全部アイリに上った。イイゾ、その調子 だ。ところが2回戦も同じ結果。そしてな んと決勝進出。番狂わせで優勝。 あんな小さな子がナァ、と私は自分が彼 女に費やした時間を忘れて胸が熱くなり、 試合場を離れた。
 その日ブリスベンの空は、抜けるように 青かった。やレ、肩の荷が下りたナァ。


まつもと・かずえ●
昭和17年2月1日生まれ。東京水産大学増殖学科卒業。1966年木曜島でPearls Pty Ltdに勤務。75年に退社。その後ケアンズに空手道場「Matsumoto Karate Academy」を開く。現在、オーストラリア空手連盟ノース・クイーンズランド代表

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