旦那はオージー「就職活動 ~妻編5~」

旦那はオージー

第9回
旦那はオージー「就職活動 ~妻編5~」

【前回までのあらすじ】2005年、豪州へ家族で移住。本職である教師として働くには、IELTSのスコア・アップが不可欠だが、なかなか合格しない。その間家計を助けるため、マッシュルーム農場で働いた。時給アップを求めてクリーナーのバイトもしたが、「本当はこんな仕事はしたくない」という内なる気持ちが天に届いたのか(?)、3週間で首に。

ショックを引きずりながらジリ貧生活に突入

「こんな仕事は嫌だ」という気持ちにもかかわらず、仕事を首になったショックは大きかった。金銭的な面もさることながら、私はこの国ではアルバイトさえまともにできないのだという現実。どこの学校にレジュメ(履歴書)を送っても返事は梨のつぶて。日本では10年以上の教員歴があったのに、この国では教員登録がなければ、認めてもらえない。

加えてIELTSの試験結果が届いた。教員登録には、スピーキング以外の全分野(リーディング・ライティング・リスニング)で一歩及ばないスコアだった。日本で8年間も英語を教えてきた夫は「IELTSのスコア・アップの手助けは僕にはできない。IELTS専門学校に通った方が良い」と言い出す始末。私は「今さら何を言っているの?!」と目が点になった。なぜなら、その時にはなけなしの貯金はほぼ底を尽きかけていて、専門学校に通うお金もなかったからだ。半年前だったら、通えたのに――。

ビジネスを始めたとはいえ、何も利益を産んでいないなかった夫は、このままではジリ貧(編注:「ジリジリと貧しくなる」の略)だと気が付き、やっと就職をして生活費だけは稼ぐようになった。

公務員だった私が、生活保護のお世話になる羽目に(涙)

イラスト=たこり
Web: takori.go-jin.com

無職の私は、ついにセンターリンク(編注:日本の生活保護にあたる)にお世話になることになった。支給の手続きをするために列に並んでいた私は、あまりに情けなくて涙がポロリ……。「日本に帰りたい」。でも日本にはもう家も仕事もなくて、帰る場所がない。いい年をして、老いた親に世話になるわけにもいかない。

せっかく時間ができたのだから、IELTSの猛勉強を始めるには最適な環境なはずだった。しかし、初めてのオーストラリアの夏の暑さと「独学ではもう、どうにもならない」という気持ちから、鬱モードに入ってしまった私だった。(続く)


<著者プロフィール>
ポップ登美子
◎北海道札幌市出身。教員経験を経て、現在オーストラリア人の夫と2人の子どもとノース・クイーンズランドに住む。本紙コラムのほかにも「地球の歩き方」海外特派員などでフリーライターとして活躍中。
Web: ameblo.jp/kangaroo777www.facebook.com/miffy777

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