旦那はオージー「家探し編」

第3回
家探し編

「僕らは仕事も家もないけど、希望はあるんだ!」と能天気な夫。
「恥ずかしい。早く家を借りて、仕事を見つけなきゃ」と焦る妻のお話です。

移住したばかりのころは、ブリスベン市内に住む夫の友人宅にお世話になっていた。夫は久しぶりに再会した友人に会うたびに“We are jobless, homeless but not hopeless”「僕らは仕事も家もないけど、希望はあるんだ!」と嬉しそうに報告するのが常であった。夫の同じジョークを聞くたびに私は「1日も早く家を見つけて、仕事も始めるぞ!」と、決意を新たにするのであった。今思うに、夫は移住したばかりの状況を楽しもうとしていたのだ。それに対し私は「今の状況は、はっきり言って恥ずかしいから、すぐにでもそこから抜け出さなくてはいけない」という強迫観念にかられていた。オーストラリアに帰国してからは、いつも能天気(に見えた)な夫と、移住したばかりなのに、生活基盤を作ることを第一と考えている妻とでは全く向いている方向が違っていた。それがその後の軋轢を生む原因となった。

さて、住居を決めるに当たって、当時の私たちには仕事がなかったから、住む場所の制約は何もなかった。候補の1つであったブリスベン市は、夫が長年住んでいて「飽きた」という理由で却下された。海の近くに住みたいので、ゴールドコーストとサンシャインコーストが候補にあがり、不動産屋巡りが始まった。めぼしい物件をネットで見つけて、その物件を扱っている不動産屋に連絡して、見せてもらう日を決める。そして現地へ内見、の繰り返しだった。なるべく効率的に回りたいのだが、業者が協力的とは限らない。私たちに地図と鍵を渡して「自分で家を見てきて」という投げやりな業者もいた。不動産屋とは、客の都合に合わせて動いてくれるものだと思っていた。しかし「自分の都合でしか動かない」「残業と休日出勤はしない」のがオーストラリアの業者である、ということを学んだ。

私はサンシャインコーストにある、海が目の前に広がる2ベッドルームの家具付きのアパートに一目ぼれしてしまった。家具付きアパートにしたのは、なぜか当時の私は「家具付きの豪邸」の宝くじに当たると思い込んでいて、「家具を買ったら無駄になるから」と主張したからだ。しかしあれから4年たった今も、宝くじには当たっていないということを付け加えておこう。


<著者プロフィール>
ポップ登美子
◎北海道札幌市出身。日本での教員経験を経て、現在はオーストラリア人の夫と2人の子どもとノース・クイーンズランドに住む。教員免許高校一種外国語(英語)商業、教員免許中学一種外国語(英語)を保持し、クィーンズランド州の登録教員でもある。

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