旦那はオージー「就職活動編 〜妻編1〜」

第5回
就職活動編 〜妻編1〜

当時、サンシャイン・コーストに住んでいたのに、ブリスベンやゴールドコーストのみならず、ケアンズ、シドニー、メルボルン、パースの仕事にまで応募した。そして3カ月後に見つけたオーストラリアでの最初の仕事は!?

 

就職面接でポロシャツ、ショートパンツ姿の男性に負けた

英語の試験に合格するまでは、教員の仕事には就くことができない。「自分でビジネスをやる」と悠々自適の生活をしていた夫も、減っていく貯金残高を見てさすがに就職活動をするようになった。私はコール・センターの仕事に応募してみた。なんとか書類審査は通過。面接に呼ばれたのでスーツ姿で気合を入れて臨んだ。ある50代前半の男性がポロシャツとスニーカー、ショート・パンツで現れ、まるでビーチに来たかのような格好に目が点になった。面接の最初に仕事内容を早口の英語でベラベラと説明された。分からない所もあったけれど、分かった振りをした。聞かれたことは「お名前は?」「以前この仕事をしたことはありますか?」「自分をどんな人間だと思いますか?」「就職したら、いつから働けますか?」だけ。これなら大丈夫と自信満々だった私は落ちて、彼は受かったと聞いた。

 


オーストラリアでの初めての仕事は、競争倍率160倍の難関だった

気を落とさずに、職種は関係なく、できそうな仕事に応募を続けていた。ある日、採用担当者A氏からの電話がきた。「明日9時半に来てくれますか?」てっきり採用だと思い、私「はい、良いですよ。何時までの仕事ですか?」と聞いた。A氏「面接です。明日は6人ほどを予定しています。」私「そうですか。ちなみに何人ほど採用されますか?」A氏「160人の方から応募をしていただきましたが、採用人数は1人です。」あの仕事で160人も応募があったのか?とこちらの方が驚いた。
 オーナーはアジア系の女性に対して「真面目で仕事が丁寧、勤務態度も良い」と好意的に見ていたから、私の採用もすんなり決定した。私の初めてのお仕事は、マッシュルーム農場のピッカーとなった!


<著者プロフィール>
ポップ登美子
◎北海道札幌市出身。日本での教員経験を経て、現在はオーストラリア人の夫と2人の子どもとノース・クイーンズランドに住む。教員免許高校一種外国語(英語)商業、教員免許中学一種外国語(英語)を保持し、クィーンズランド州の登録教員でもある。

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