シドニー人気の古本屋が移転オープン!─拡大版!編集長コラム(1)

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<不定期連載> BBKの突撃・編集長コラム 拡大版

今月は密かに人気の当コラム、プチ・リニューアルを祝して2本立てでお届けします!

 

ほんだらけ編    |   グランドヒット編

 

拡大版・第1弾( 第14 回)
移転オープンの人気古書店「ほんだらけ」に潜入!

「合計で1万ウン千円ですね」

1万円ちょい…。これまで30年近くかけて積み上げてきた知識の蓄積がわずか1万円ちょっと…。思わず唸ってしまったことを今でも思い出す。

2011年、オーストラリアに向けて日本を出発する時の僕の覚悟は気楽さとは全く無縁であった。移住を目指し、長年いろいろと策を練ってはいたものの結局入国のスタートは観光ビザ。そのため、条件として帰りのチケットを持っていなければ日本を出国できず、背水の陣の気持ちで臨む計画にも関わらず、すぐに日本に帰れるという選択肢が残った状態でのスタートになった。頑に「これは片道切符。本当に定住できる状態になるまでは何があっても日本には戻らない」と自身に言い聞かせ、あたかも冒険の旅に出る前のゲームの主人公よろしく後ろを振り返ることなく熱く燃えたぎる気持ちを胸に日本をあとにしたわけだが、まあ海外暮らしを始めるというのは大変なことだ。

数カ月経ったころそろそろ日本に帰りたいと言い始めた妻を「本番はこれからだ。1度でも日本に戻ったらせっかくここまで積み上げてきた気持ちをまたイチから作り直さなければならないだろ」などと諭しつつ、結果、大喧嘩となったこともしばしば。そのころ僕自身も、異国での生活のベースを作ることの大変さに内心くじけかけたりもしていたのだが、「そんなことはおくびにも出さず、移住という夢に向かって邁進する前向きな男」を無理矢理演じていたのが実情だ。帰りの航空券があるというのはじっくり心構えを作るに際し、なかなかやっかいなものであった。思えば、ちょっといやになってしまった時に妻を日本に帰らせてあげても良かったかもしれないと思うが、逆にその時それを許していたら僕自身の覚悟もまた崩れてしまっていたような気もする。妻が近くにいてくれたからこそ、帰りたくなる気落ちを押し殺し、僕もまたここで頑張ってこられたのだと思う。

 

読書体験

渡豪前、オーストラリアに長期で滞在できるビザが手に入るかなど全く確証はなかったが、ここが勝負どきと思い切り、会社を辞め(銀行員だった妻にも会社を辞めてもらった)、家を解約し(そのせいで一時期ウィークリー・マンションに引っ越した)、10数年以上持ち続けた携帯の番号も解約(渡豪前日までねばったが)、一部の思い出の品を除きすべての家具、衣服、乗り物から何から何まで持ち物すべてを処分した。すべて必要な儀式だと自分に言い聞かせてはいたが、中でもとりわけつらかったのは蔵書の処分だった。

小学校1年生のころ、自宅の本棚にあった「海底2万里」(ジュール・ベルグ)を何の気なしに読み始めたのが記憶にある最初の読書体験だ。ノーチラス号という潜水艦が繰り広げるさまざまな海の中の出来事にしびれ、何度読み返したか分からない。小学校低学年〜10歳ごろにかけては那須正幹氏の「ずっこけ3人組」シリーズにはまった。3人の少年が織りなす冒険譚に僕は胸をふるわせた。読書は体験そのものであり、家にいながらどこにでも出かけられる最高にエキサイティングなものであった。

高学年になると、シャーロック・ホームズのシリーズを、大人ぶって、子ども向けのシリーズではなく、一般の創元推理文庫で読み始めた。漢字や言葉の言い回しは難しく、当時どれくらい理解できていたかは分からない。ただ、よく覚えているのがホームズの助手役である「ワトソン」の綴りが、本格的な発音を意識してか「ワトスン」と書かれていたこと。そんなことですら「やはり大人向けは本格的だ」などと悦に入りながら背伸びしていた僕に満足感を与えてくれたものだ。

海外の本格推理小説をひと通り読んだ後は、星新一を始めとしたショートショート、続いて国内外の純文学に目を向けた。その後現代作家をむさぼるように読み始める。村上春樹&村上龍のW村上、吉本ばなな、そして迎えたミステリー・ブームでは宮部みゆき、東野圭吾や岡嶋二人、森博嗣などに傾倒。本棚に自分の読んだ本が並べられていくことに至上の喜びを感じていた。本棚は人生の遍歴であり、その頃、趣味の執筆活動を始めてもいた僕は将来、家の中に自分専用の書斎を持つことを夢見るようになった。

20代半ば、実家を出て1人暮らしを始めた。リビング&ダイニング、寝室、そして仲間うちの飲み会が多かったことから友人たちが泊まれる多目的ルームに加え、かねてからの夢であった書斎用に1部屋を用意した。デスクを中心に、本棚を複数並べたその部屋にはとびきりの座り心地のチェアを置き、小さいころから大人になるまで読んできた数多くの本を一気に並べた。その部屋は僕だけの小宇宙となった。

本1冊を読むことは1人の人生を生きること、とはよく言われることだが、まさに僕もそれを実感している。そう思うからこそ僕は読んだ本を順番に1冊ずつ本棚に並べ、それを自分の人生の証としてきたのだ。そして唐突に本稿冒頭に戻るが、それらすべてが何と1万ウン千円という衝撃の事実を突きつけられ、僕は半ば涙を流しながらそれらを手放したのである。

 

「ほんだらけ」との出会い


旧ほんだらけに比べ、通路が広く取られ、ゆったりしている印象だ
ミステリー小説が売れ行きだという。写真は人気ミステリー作家の森博嗣さんの作品群


漫画喫茶スペースにはゆったりと座れる椅子が増えた


気軽に読める雑誌も充実しているのでちょっとした隙間時間でも立ち寄りやすい


ゲーム・ソフトも密かな人気商品だという


本棚に囲まれているのが幸せだとライト知子さんは語ってくれた

シドニーでの生活を開始して数週間、ある日、突然シティ内で古本屋「ほんだらけ」を発見した。建物の入り口は狭く、入るのにちょっと躊躇する門構えだったが、日本語の活字に飢えていた僕はすぐさま店内に飛び込んだ。店内の棚には五十音順に日本の作家の本が並んでおり、実用書も充実。店の一角には「漫画喫茶」スペースも併設されていた。すぐさま常連になり、一時期は暇な時間があれば「漫画喫茶」コーナーに行き、日本での忙しい編集者時代、いつか時間があればトライしたいと思っていた『ジョジョの奇妙な冒険』のいっき読みなどにトライしたりもした。

「ほんだらけ」の何より素晴らしいのは、スタッフの目が肥えているのだろう、消費者目線での、本当にオススメの本が見やすくレイアウトされている点。日本の出版業界のしがらみとも言える取り次ぎ業者との関係にがんじがらめになっている日本国内の「新刊書店」では今やあまり見られなくなってしまった光景であり、また、一部を除き、画一化されつつある日本の大型古書店でもやはり見られなくなっている。書店員の思いや息吹を感じられない書店に未来はないと僕は思っているが、「ほんだらけ」にはその暖かな思いを感じることができた。

その「ほんだらけ」がこの4月に移転オープンすることになった。オーナーの1人であるライト知子さん(共同オーナー:黒田ひさえさん)によると、「ほんだらけ」が最初にシドニーにできたのは04年の1月26日だという。日本語の情報センターだった店を当時、日本の人気テレビ番組「マネーの虎」にも登場したことのある樋口道也さんが買い取ったことがきっかけとなり店はオープン(「ほんだらけ」は現在日本でも全国で展開中の古書店チェーン)。その後07年から独立した。

今回のオープンに際し、知子さんは「今までたくさんの本をお持ちになった買い取りのお客様に、例えば、エレベーターが付いていないことなどでご迷惑をおかけしてきました。今回の移転はその辺りの不便を解消することも視野に入れて行いました」と言う。一方でご自身の本に対する思いも強い。「本が持っている力というのは素晴らしいものです。今はすぐに情報が手に届く時代ですが、大事なことというのは本にしか書かれていないことが多いんです。今は1人でも多くの人に本を手に取ってもらい、本との対話をしてほしいです。本は1冊読めばそれだけで人生が変わります。新しい店では書店という空間が与えられる癒しの効果なども意識しているのでぜひ1度お越しください」

もし、まだ「ほんだらけ」に足を運んだことのない人はぜひ1度訪れてほしい。大の本好きの僕が太鼓判を捺す良店ですよ。

<プロフィル>BBK
2011年シドニー来豪、14年1月から編集長に。スキー、サーフィン、牡蠣、筋子を愛し、常にネタ探しに奔走する根っからの編集記者。齢30後半♂。読書、散歩、晩酌好きのじじい気質。

 

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