オーストラリアで今を生きる人 リンダ・エバンスさん(豪寿庵)

オーストラリアでを生きる人

オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

Vol.19 リンダ・エバンスさん

日本のおもてなしの心を、オーストラリアに伝えたい

(Photo: Naoto Ijichi)
(Photo: Naoto Ijichi)

シドニー湾に突き出た小さな半島に位置するバルメイン。植民地時代のタウンハウスが立ち並ぶ住宅街の一角に、本格的な純和風旅館「豪寿庵」はある。オーストラリア人の女将、リンダ・エバンスさんと夫が、伝統的な砂岩作りの自宅を全面改装し、3年前に開業した。(聞き手:守屋太郎)

――幼い頃から日本文化に興味を持っていたのですか?

生まれ育ったのはベルモア(シドニー西郊)でしたが、伯父がバルメインのこの家に住んでいて、子どもの頃から週末によく遊びに来ていました。祖母の家もすぐ近所にありましたから、バルメインは第2の故郷です。

私たちが子どもだった1960年代、オーストラリアでは日本のテレビ時代劇「シンタロウ・ザ・サムライ」(日本での題名は「隠密剣士」)が放映されていて、子どもたちの間で大人気でした。江戸時代に善玉の侍が悪玉の忍者たちと戦うという子どもにも分かりやすいストーリーでしたから、刀を振り回すふりをしたり、紙で作った手裏剣を投げたりして、当時の子どもは「侍ごっこ」に熱中していたんです(注:2012年4月9日に放映された日本のテレビ番組「世界まる見え!テレビ特捜部」によると、主人公の大瀬康一が64年にオーストラリアを訪問した際、メルボルン空港にビートルズ来豪時を上回る7,000人のファンが殺到したというから、想像を絶する当時の人気ぶりがうかがえる)。

私たちは「シンタロウ」を見て育ちました。同世代のオーストラリア人に話をすると、みんな覚えていて、懐かしがりますよ。ところが、日本人に話しても、本国では人気が出なかったのでしょうか。誰も知らないんですよね(笑)。

当時、シドニーの郊外で育った普通の子どもたちは外の世界を知りませんでしたから、木でできた家、紙のドアで仕切られた畳の部屋、侍や忍者の服装、刀、手裏剣……何もかもが新鮮で、強烈なインパクトがありました。実は私の日本文化への憧れの原点は、「シンタロウ」で描かれていた江戸時代の日本の風景だったんです。

――オーストラリアに日本の旅館を建てようと思ったきっかけは?

学校を卒業してからは、銀行員などを経て37年間、コンピューター・プログラマーを務めました。夫と結婚して2人の娘を授かりました。日本文化に対する憧れはずっと抱いていて、家族でよく日本料理を食べに行ったり、本を読んで日本の建築や骨董品を勉強したりしていました。

初めて日本に行ったのは2001年です。下の娘が合気道の道場に通っていて、日本の本部で開かれた大会に参加することになったんです。それを機会に、家族4人で6週間かけて東京、金沢、高野山、奈良、松本、宮島、別府など12カ所を旅しました。以来、日本の魅力のとりこになりました。実は今日(取材日)も夜の便で東京に飛ぶのですが、今回で7回目の旅行になります。

豪寿庵の客間。伝統的な日本家屋の様式を再現した
豪寿庵の客間。伝統的な日本家屋の様式を再現した

1回目の旅行から宿泊は本格的な旅館に泊まりたいと思い、日本語は分かりませんでしたが全てオンラインで予約しました。旅館に泊まって一番感動したのは、日本人の質の高いホスピタリティー(おもてなしの心)です。日本のホスピタリティーは世界一だと思います。

日本のホスピタリティーをオーストラリアに伝えたい。そう考えたのが、旅館を開いたきっかけでした。亡くなった伯父から私たち夫婦がこの家を譲り受けたこともあり、新しい人生の道を歩もうと全面的に改装して旅館を建てることを決意したのです。どうせやるのなら、和洋折衷のモダンなスタイルではなく、徹底的に超トラディショナルな日本の旅館を目指そうと。

――英国式の伝統的なタウンハウスは間口が狭く、奥行きが長くて、「うなぎの寝床」と言われる京都の町家と共通点はありますよね。細長い小さな庭に緑の苔や竹が生い茂り、廊下の下の池に鯉が泳ぐ光景は、まさに京都の町家です。でも、シドニーで日本の旅館をこれほど完璧に再現するには、苦労も多かったのでは?

煎茶を淹れるリンダさん。玄関を入ると、サンドストーンの植民地建築に和の様式美が溶け込んだ広間がある
煎茶を淹れるリンダさん。玄関を入ると、サンドストーンの植民地建築に和の様式美が溶け込んだ広間がある

江戸時代の日本にタイムトリップしたような細長い中庭と廊下

江戸時代の日本にタイムトリップしたような細長い中庭と廊下

奥の庭園からは初秋の陽光が漏れる

奥の庭園からは初秋の陽光が漏れる

この家は1855年に建てられた約150年の歴史がある建物で、初期の植民地建築に多い砂岩(サンドストーン)造りです。遺産としてサンドストーンの構造と外壁を残し、他は全て新しくしました。黒い木材とモルタルで純和風の内外装を持つ玄関ホールと客室2室、離れのひのき風呂、廊下を作りました。庭から大量の土砂を取り除き、鯉が泳ぐ池、日本庭園を造園しました。

内外装や調度品は純和風のデザインにこだわりましたが、オーストラリアで日本の伝統的家屋と同じ建材や調度品を手に入れるのは物理的に不可能です。予算も限られていますし、日本から大工さんを呼ぶわけにもいきません。最初に建築家が描いた設計図に沿って、地元の大工さんと相談しながら、夫と私も一緒に1つひとつDIYで仕上げていきました。

でも、日本の本物の旅館を知る人がフェイク(偽物)だと感じるような、中途半端なものを作りたくないという強い思いはありました。バニングス(地元のホームセンター)で買ってきた木材や建材を自分たちで塗装したり、シドニーで手に入る日本の骨董品を修復して使ったりしました。ひのき風呂は高額でしたが、思い切って日本から取り寄せました。

計画から建設許可の申請・認可に約2年、改装と建設工事に約7年。資金以外は計画通りに進み、なんとか財布をやり繰りしながら、13年に開業日の1週間前にようやく完成にこぎつけました。

――これまでの歩みを振り返ってどう感じていますか?

開業前の悩みは、どのようなお客様を対象にするのかというマーケティングの問題でした。「誰がシドニーで純和風の旅館に泊まりたいんだろう?」と。おかげさまで現在では、オーストラリアのお客様が約8割、海外からのお客様が約2割。日本に旅行したことがないオーストラリア人から、訪日経験が豊富で本物の旅館を知っているアジア系の方まで、地元の常連の方を中心に幅広い層に親しんでもらっています。

日本と同じ質の高いホスピタリティーを提供するという当初の目標の他に、可能な限り日本の江戸時代のディテール(細部)を再現することにこだわっています。日本の製造業の手法「カイゼン」を採り入れ、常にサービスや設備の向上に取り組んでいます。

ご宿泊だけではなく、2週間前にご予約頂ければ、本格的な会席料理(別料金)も楽しんで頂けます。日本人の先生をお呼びして、茶道、生け花、書道、風呂敷、贈答品の包み方、折り紙、和菓子作り、手まりなどのワークショップも定期的に開き、日本文化の紹介にも取り組んでいます。

――読者にひと言メッセージを。

私たちが大好きな家族の家で、大好きな旅館を経営することは、私たち夫婦のライススタイルそのものであり、これ以上ない幸せだと感じています。

日本とオーストラリアの関係が緊密になり、友情や理解を深めて行く中で、お互いの文化をシェアすることはとても大切です。海外にいると、自分の国の良さが改めてよく分かります。オーストラリアに住む日本人の読者の皆さんも、自分の文化的なヘリテージ(遺産)を見つめ直し、リスペクト(尊重)して頂ければと思います。

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