オーストラリアで今を生きる人 出倉秀男さん

オーストラリアでを生きる人

オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

Vol.21 出倉秀男さん

料理に終わりはない、基本の上に創造を

東京・四ツ谷で老舗の料理店一家に生まれ、父親の厳しい指導を受けながら、古式料理の家元「四条真流」に学び、和食の道を研鑽した。大学卒業後、包丁1本で海外へ武者修行の旅へ。欧州や米国を渡り歩いた後、1970年代にオーストラリアにたどり着いた。以来、ケータリング事業やレストランのプロデュース、和食のイベント、食のコンサルタントなどを手がけ、数々の著書も出版してきた。日本食普及への貢献が認められ、昨年、日本の外務大臣賞を受賞。今年2月に農水省の「日本食普及の親善大使」に任命されている。(聞き手:守屋太郎)

――子どもの頃から和食の道へ進もうと考えていたのですか?

実家は祖父の代から料理屋で、東京・四ツ谷で割烹料理屋「美寸志(みすじ)」と、すし店「喜平(きへい)」を経営していました。私は8人兄弟の4男。父は「店を手伝わないやつに飯は食べさせない」という方針でしたから、14歳で店に入り、洗い物から仕込みまで何でもやらされましたよ。

地元の新宿高校に進み、ロック・クライミングとアドベンチャー・スキーにのめり込みました。スキーヤーの三浦雄一郎さん、冒険家の植村直己さんに憧れていたんです。店を手伝いながら、スポーツに明け暮れる忙しい高校時代でしたね。少林寺拳法にも打ち込み、正義感の強い硬派な高校生でした。

父から料理を教わると同時に、1,000年以上の歴史がある日本料理の式包丁の流派「四条真流」の家元・獅子倉祖憲先生に師事しました。古来から伝わる伝統的な和食の真髄や作法を学び、師範の資格も取得しました。

当時、1960年代の日本は高度経済成長のまっただ中でした。しかし、先の戦争で数多くの料理人が出兵して命を落とし、料理界は大打撃を受けていました。家元はそんな日本料理界の復興に尽力していました。私はそんな姿勢に感動して、アシスタントとして彼についていったんです。

――その後、欧州や米国を渡り歩きます。海外に出たのはなぜですか?

日本大学文理学部で民族学と食を専攻しました。卒業後、父に「お前は海外に出て、料理家の道を行け」と言われました。「海外で日本食文化発展の先駆けになれ」と言ってくれた家元の言葉も私の心に響き、背中を押してくれたんです。

まずフランス・リヨンのオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)で古典的なフランス料理の手ほどきを受け、次にロンドンのカレッジでケータリングを学びました。日本で英語学校に通っていましたが、初めの頃は言葉も通じず苦労しました。でも、年中忙しい家で育ちましたから、海外で自由な時間を与えてもらったことに感謝しました。

ロンドンの学校を卒業後、69年に米国に渡りました。父の店のお客さんとの人脈が広がり、和食のデモンストレーターとして本格的に活動を開始しました。ニューヨークを皮切りに、シカゴ、ボストン、マイアミ、ニューオリンズ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴなどを回り、企業や政府関係のイベントで日本料理の調理を実演しました。

 

――オーストラリアに住むことになったきっかけは?

オーストラリア人に日本食の魅力を伝える(Photo: Keiko Dekura)
オーストラリア人に日本食の魅力を伝える(Photo: Keiko Dekura)

サンフランシスコで知り合ったオーストラリア人の企業家に「シドニーで日本食レストランを始めたい。手伝ってくれ」と誘われたんです。仕事はレストランのオープニングを仕切る「コンサルティング・シェフ」です。

72年11月2日、貨客船でシドニー湾に入るとハーバー・ブリッジが見え、期待感が高まりました。ところが、ピアモント(シドニー市内西部)の港に着岸して船を降りた時に驚きましたね。「なんて所に来てしまったんだろう」と。当時は真っ暗で汚い港で、周囲は倉庫以外には何もありませんでした。

開店準備を始めて1年くらい経った時、その企業家が資金繰りに詰まり、結局、レストランのオープニングの話はなくなってしまいました。ちょうどその頃、ノース・シドニーに席数300店の大型日本食店「スエヒロ」(注:現在は閉店)がオープンすることになり、コンサルティング・シェフとして参加しました。当時のシドニーには日本食レストランが少なかったので、すしの需要を本格的に開拓しようと頑張りました。

後にシドニーでイベント向けのケータリング事業を始めました。さまざまなイベントや企業のカンファレンスなどに料理を提供する仕事です。当時はセントラル・キッチンがなかったので、ホテルのキッチンと契約したり、シェフやスタッフも派遣会社を使ってやり繰りしていました。

米国で知り合った企業家などの人脈を通して、ビジネスは広がっていきました。80年代のバブル期に向けて、オーストラリアでも日本の企業の進出や投資が加速していて、時代の大きな波に乗ることができました。

――来豪から今年で44年。日本食に関する著書も18冊出版し、料理教室で長年教えるなど、和食の普及に努めてきました。

「四条真流」の作法に則った包丁式(Photo: Keiko Dekura)
「四条真流」の作法に則った包丁式(Photo: Keiko Dekura)

来豪してしばらくたった頃、当時の食材流通の状況を見て、「質の高い鮮魚の供給こそが日本料理の普及に欠かせないテーマだ」と考えるようになりました。そこで、イベントのケータリングの傍らノースブリッジ(シドニー北部)の東京マートさん(日本食料品店)の隣に「魚秀」という鮮魚店を開業しました。シドニー・フィッシュ・マーケット(シドニー市内西部にある魚市場)の競り場で買い付けして、日本の魚の選び方や扱い方を紹介し、すし・刺し身の品質向上などに取り組みました。

その縁で、シドニー・フィッシュ・マーケットにある料理学校「シドニー・シーフード・スクール」では今日まで27年間、日本料理の講師を務めています。

現在は、チャッツウッドのスタジオでも小さな料理教室をしながら、食に関するコンサルティングを中心に活動しています。メニュー開発からキッチンのデザイン、スタッフの手配、食材の調達までを含めたレストランのプロデュース、セントラル・キッチンのトレーニングなど、食材やフード・ビジネスに関するアドバイスをしています。

――今日のオーストラリアでは、スーパーや学校の売店で巻きずしが販売されるなど、日本食の普及は目覚ましいものがあります。これまでの長年の活動を振り返って思うことは?

1970年代にオーストラリアに来た頃の出倉さん
1970年代にオーストラリアに来た頃の出倉さん

料理は終わりのない世界です。食文化は永遠に進化しますので、食材や調理法もどんどん新しくなっていきます。新しい時代に合わせて発想を転換して、理解のレベルを上げていく必要があります。いつまでも頑固に、保守的なものを押し付けていくのはよくありません。私も自然体で新しいものを理解できる年寄りでいたいですね。

その上で、まず最初に基本を学んでほしい。私は「フュージョン(創作料理)は、コンフュージョン(混乱)を起こす」と言っています。つまり、プレゼンテーション(見せ方)が良いだけで、中身がないものが多い。基本を忠実に習得した上でフュージョンを創造するのは良いですが、基本ができていなければ間違いを起こしてしまいます。基本があってこそのフリー・スタイル(自由演技)なんです。

和食の魅力は、日本人の精神性が凝縮された料理であることだと思います。豊かな日本文化のメッセージとして、世界に発信されることを願っています。

――オーストラリアでは和食とともに日本酒の需要も伸びています。日本酒の可能性についてご意見を聞かせてください。

新しい世代の人たちに向けて、和食だけではなく、世界のさまざまな料理と日本酒のコラボレーションを提案していくべきでしょう。ワインは料理との関係が深い酒ですが、日本酒も食文化と関連付けてプロモーションしていくのが効果的ではないでしょうか。

ワインが好きな人はワイナリーにこだわります。日本酒も日本全国にたくさんの蔵元があります。訪日するオーストラリア人には「酒蔵を訪問し、日本酒と一緒に、地元の料理を味わってほしい」と言っているんです。そうすることによって、料理とのマリアージュ(組み合わせ)という日本酒の魅力がさらに見えてきます。

――今後成し遂げたいライフワークはありますか?

オーストラリアの料理学校(TAFE=職業訓練学校)で、和食のコースと資格を創設するのが目標です。アジア料理コースはありますが、和食に特化したカリキュラムやサティフィケート(卒業資格)はありません。コースや資格があれば、ここオーストラリアでも和食の基本を教育できると思うのです。和食の健全な普及を図るには、日本レストランや和食のシェフのしっかりとした協会も作る必要があるでしょう。「食の安全」、「食材の需要と供給のバランス」、「子どもへの食育」も、私の永遠のテーマです。和食はビジネスとしてだけではなく、食文化の素晴らしいコンセプトとしてもっとグローバルに受け入れられる可能性があります。オーストラリアで和食を通して何かやってみたいという人には、私から、ささやかなアドバイスができるかもしれません。読者の皆さんで私の日本食、および食文化活動に興味のある人は、ぜひご連絡ください。いっしょに日本食の将来を築いていこうではありませんか。

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