オーストラリアで今を生きる人 里村英恵さん

オーストラリアでを生きる人

オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

里村英恵さん

来た舟に乗れば

チャンスは広がる

アメリカやヨーロッパのファッション・デザイナーを発掘し、日本に紹介するバイヤーとして20年以上にわたり活躍した。4年前にシドニーに移住し、新天地で自分のビジネスを起業した。子育てをしながら、オーストラリア・ファッションの魅力を日本に発信している。 (聞き手:守屋太郎)

 

——幼い頃からファッションに興味があったのですか?

絵を描くことが好きな子どもで、将来の夢は漫画家になることでした。父は典型的な高度経済成長期のサラリーマンでしたが、母は芸術家の家系で親戚のほとんどが美大出身。その影響を受けたのでしょうね。コンサバではない、自由な環境でのびのび育ったと思います。

ところが、中学・高校は非常に厳格なカトリックの女子校、横浜雙葉(ふたば)に通いました。毎日地味な制服を着て、華やかなものから隔離された世界で多感な6年間を過ごしたんです。だから、絵が好きな本来の自分を取り戻して、クリエーティブな道を目指そうと考えたんですね。普通の大学ではなく、多摩美術大学のグラフィック・デザイン科に進学しました。

中学・高校時代の反動もあって、大学では個性豊かな面白い人にたくさん出会い、感性を刺激されました。ただ、当時のグラフィック・デザインは今のようにマック(米アップルのパソコン「マッキントッシュ」の略称。デザイン業界で主流)がありませんでしたから、全部手作業で職人芸の世界でした。手先がついていかず、グラフィック・デザイナーになるのは諦めて、ファッションの世界に目を向けました。

 


専門学校での授業風景

——バブル期に青春時代を過ごし、大手百貨店に就職します。

今の若い子はカジュアルな格好が主流ですが、当時はDCブランド(日本の衣服メーカー・ブランドの総称。Designer’s & Character’sの略)が全盛で、きちんとしたお洒落やメークをする子が多かったですね。景気が良かったこともあって、ファッションは大事な要素だったと思います。

新卒で西武百貨店渋谷店に就職しました。バブルの絶頂期でしたから同期は100人もいました。最初に輸入デザイナーズ・ブランドを扱う同社の「SEED(シード)館」に配属され、婦人服売場の販売を担当しました。

入社して間もない頃に、会社の海外研修制度でニューヨークに行きました。駐在員のバイヤーに付いて、現地デザイナーの商品の買い付けに走り回るんです。日本に届くと、今度は店でお客様に自ら接客、販売を。自分で買い付けた商品がきれいに売れた時は、本当に嬉しかったですね。それが私の仕事の原点です。

やがてアシスタント・バイヤーとしてスティーブン・スプラウス(1980年代からニューヨークのポップ・カルチャーを代表するデザイナー。ルイ・ヴィトンのバッグの「落書き」で知られる)の商品を初めて日本に輸入したり、ベッツィ・ジョンソンやラルフ・ローレンなどの買い付けサポートを担当したりしました。

その後、資生堂ザ・ギンザに転職し、ニューヨーク・ブランド担当のバイヤーとして、DKNYやダイアン・フォン・ファステンバーグ、アナ・スイ、ジル・スチュアートなどを紹介しました。3カ月に1回はニューヨークに行き、コレクションを見たり、口コミで情報を収集したりして、当時は日本で誰も知らなかったブランドを引っ張ってきました。次に三陽商会の「エポカ・ザ・ショップ」というセレクト・ショップに移り、ここでも新しい視点でヨーロッパやアメリカのブランドの輸入を手がけました。

 

——積み重ねてきたキャリアをいったんリセットして、4年前にオーストラリアに移り住みました。

幼い頃の自由な環境と厳しい女子校時代のギャップや、寺の長男に生まれながら家を継がずに自力で大学に行った父の影響もあって、来た舟には乗ってみる性格なんです。チャンスがやってきたらとりあえず次のことにチャレンジすることで経験を重ねてきたんですが、オーストラリアに来たのもそうした部分が大きかったと思います。

オーストラリア人と結婚したので、1人息子が小学校に上がる時にはオーストラリアで教育を受けさせたいという願いもありました。東京は好きだけど、豊かなライフスタイルや異なる文化を受け入れる寛容性といった点ではオーストラリアの方が恵まれているので、のびのび育ってくれるのではないかと。

オーストラリアは「宝の山」

——オーストラリア・ファッションのデザイナーやブランドを日本に紹介するビジネスを立ち上げました。勝算はありましたか?

初めからオーストラリアでファッションの仕事をしようと考えていたわけではありません。移住することになったので前の会社にあいさつに行ったら、たまたま、オーストラリアの商品を仕入れたいと頼まれました。それがきっかけで、自然発生的に仕事が始まったわけなんです。声をかけてくださったこの女性バイヤーにはたいへん感謝をしています。

実は、オーストラリアのブランドには面白い点がいっぱいあります。まずは気候が温暖なので春夏の服に魅力があります。それに経済が好調なので、若いデザイナーに資金が集まってきます。日本であまり知られていない分、未知のものが多いので、「日本にない商品を探すには宝の山だ」というバイヤーもいますよ。

欧米と比べて買いやすい価格もメリットです。女性向けのドレスだと、1着当たりだいたい200ドルくらいまでの価格帯に収まります。海に近い自然に豊かな風土から生まれた、リラックスしたデザイン、色柄の美しさ、少々汚れても洗濯機で気軽に洗える服が多い点もいいですね。

日本のお客さんもやはり、オーストラリアのブランドにはリラックス感や気軽さを求めています。日本の店には本当にありとあらゆる商品があふれていて「お腹いっぱい」なので、見たことのないものを探しているんです。自然、海、サーフィンといったそのブランドを象徴する「ストーリー」を伝えていくことも重要です。

「オール・アバウト・イブ」(ALL ABOUT EVE)、「セレステ・テゾリエロ」(CELESTE TESORIERO)などの若いデザイナーの服を中心に買い付けて日本に送っています。服だけではなくて、例えばかわいいゴム長靴なども扱っています。そうしたガーデン・グッズとか、ピクニック用品、日焼け止めやスキンケアのグッズ、キャンドルなど、自然に恵まれたオーストラリアならではの面白い商品やブランドは意外とたくさんありますよ。

 

——この国はファッションの発信地としてはマイナーな印象がありましたが、切り口次第では案外、有望なんですね。今の仕事で課題と感じていることと、一番やりがいを感じるのはどんな時ですか?

課題としては、長年愛されるデザイナーや商品を紹介できればと思っています。服以外のカテゴリーも増やしていきたいですね。日本人の発想はとても柔らかいですから、「オーストラリアにこんなものがありますよ」ともっと提案すれば可能性は広がっていくと思います。一方では、日本の素晴らしい商品をオーストラリアに紹介することも視野に入れていきたいですね。

やはり紹介したものが売れて、追加注文が来た時はうれしいです。紹介したデザイナーの商品が日本のファッション・ショー「東京ガールズ・コレクション」のステージに出たり、テレビで取り上げられたりして、いろんな人に喜んでもらうと「やってて良かったな」と思います。

 

——仕事ばかりではなく、プライベートの時間も楽しんでいますか?

日本ではサラリーマンでしたが、今は自営業なので仕事が夜中や週末におよぶこともあります。下調べの時間が長いので、子育てと仕事のタイム・マネジメントをしっかりやらないといけません。でも息子はもう12歳になりましたから、ずいぶん手がかからなくなりましたよ。

週末はよくマーケット散策に出かけます。グリーブ、ロゼール、ウォータールー(いずれもシドニー郊外)などのマーケットめぐりをしてビンテージのグッズを探したり、ギャラリーを見に行ったりしています。この街はすぐ近くに海辺があって、空気が綺麗で、人が大らかなのがいいですね。

 

 
——10年後の自分を想像してみると?


ファッションとメークの歴史について講義している日本の専門学校の学生たちと

自分の「お城」みたいなお店をインターネットで持てればと思っています。その商品の買い付けのために日本とオーストラリア、世界を旅するのが理想的ですね。成人した息子と旅行して一緒にワインを飲むのも夢です。

 

——オーストラリアで頑張っている読者に一言アドバイスを。

若い人が物価の高いオーストラリアで生活するのは大変だと思います。でも、せっかく海外に出たんだから、「来た舟に乗ってみる」のもいいんじゃないでしょうか。人生には自分に寄って来るチャンスってあると思うんです。めぐり会った人々とのご縁を大切にしているといいニュースがやってきます。ぜひ、コミュニケーションを大切にして、夢を実現してほしいですね。

東京・代官山の専門学校で1年に2回、講師としてファッションとメークの歴史についての授業も行っている。帰国すると、日本人のきめ細やかさ、食べものの美味しさ、美的センスの高さ、デザインの良さを改めて実感するという。レベルの高い日本の消費者にオーストラリア・ファッションの良さを伝えることができるのは、長年の経験に基づいた感性と目利きが成せる技だろう。日豪の架け橋としての今後の活躍に注目したい。

 

■里村さんのブログ
Web: www.apalog.com/hanaesatomura

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