【新連載】シドニー虹色通信──被災地を想う

◆新連載

東日本大震災・被災地を想う
シドニー虹色通信

文:Yukiko Salisbury(プロジェクト代表)

2011年3月11日以降、ここ南半球シドニーで現地在住の日本人やオーストラリア人たちがあの未曾有の大震災をどのような思いで受け止め行動したのか。それを多くの方々に知っていただきたいという思いから、東日本大震災に携わる活動についてのコラム記事を書かせていただくことになりました。知り得る範囲の情報を今後発信していきますので、どうぞよろしくお願いします。

3月11日、この世で起きているとは信じがたい光景をテレビ画面で目のあたりにして、最初は何が起こっているのか、私自身はまったく飲み込めませんでした。日本から遠く離れているので実感が湧かないというのもあるかもしれません。

被災地の光景と自分のいる場所が同じ空の下でつながっているとは思えなかった
被災地の光景と自分のいる場所が同じ空の下でつながっているとは思えなかった

その後2日間、現地TVニュース(24時間特別放送)やUstreamの日本TVニュースに始終釘付けになっていました。特に3月12日の福島第一原発事故は、オーストラリアのABCニュースに対して、Ustreamの日本ライブ・ニュースでは全くその事実に言及せず、レポーターも平静を装っていたので、さらに理解に苦しんだのを覚えています(その後知ったのですが、日本では事の重大さを受けて報道規制が敷かれたそうです)。

毎日そのようなニュースを見続けながら数日経つと、自分が今まで経験したことがないくらいのショック状態に陥っていることに気付きました。

その週末、友人が心配して近くのハーバーに面している公園でのピクニックに誘ってくれました。気乗りがしなかったのですが、家に閉じこもってばかりいても事態は何も変わらないと思い直し、3月11日以来、初めて家の外に出ました。

天気がとても良い日で、外では太陽がキラキラまぶしく、海はコバルト色に輝き、遊覧する白いクルーザーやヨットに光が反射してそれは美しい光景でした。週末の公園では、たくさんのオージーたちがピクニックをしながらワインを飲んで大声で笑ったり、子どもたちははしゃいで飛び回り、そこには幸せな風景がありました。しかしその時のその光景は、私にとって恐ろしく異常に感じられたのです。テレビで見たあの場所とこの公園の光景が、同じ時空で起きている出来事だとは信じがたく、頭が混乱しました。

その場にいてもたってもいられなくなり、公園を後にし泣きながら家に戻りました。落ち込むのは止めて、その時間を使って被災地のために何かしたい!でも遠いこのシドニーで一体私に何ができるのだろう……?今振り返れば、そんな思いがプロジェクトのスタート地点でした。(次号に続く)


プロフィル◎
JCSシドニー・レインボー・ステイ・プロジェクト

2011年3月11日東日本大震災発生の年、被災児童を支援する目的でシドニーで発足した保養プロジェクト。毎年夏休み期間中に、10人の小中高校生を東北からシドニーにホーム・ステイ招待している。また毎年3月11日前後には、震災復興支援とファンド・レージングの目的で「3.11震災復興支援イベント」を開催している。シドニー日本クラブ(JCS)傘下団体。www.jcsrainbow.com

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