【シドニー虹色通信】気仙沼の留学生

東日本大震災・被災地を想う シドニー虹色通信

プロフィル◎JCSシドニー・レインボー・ステイ・プロジェクト
2011年3月11日東日本大震災発生の年、被災児童を支援する目的でシドニーで発足した保養プロジェクト。毎年夏休み期間中に、10人の小中高校生を東北からシドニーにホーム・ステイ招待している。また毎年3月11日前後には、震災復興支援とファンド・レージングの目的で「3.11震災復興支援イベント」を開催している。シドニー日本クラブ(JCS)傘下団体。
www.jcsrainbow.com

文:Yukiko Salisbury(プロジェクト代表)

第4回 気仙沼の留学生

2011年3月11日前後のことですが、気仙沼からの中学生20人ほどが、ニューキャッスルの現地家庭にホームステイをしながら、短期留学をしていました。その留学真っ最中にあの東日本大震災が起きたのですが、気仙沼と言えば津波による多大な被害が出た地域で、街の大部分は壊滅、道路も寸断され住民は各所避難所に身を寄せている状況でした。

生徒たちの現地世話役女性は、震災以降、保護者と連絡が取れないケースも多く、このまま生徒たちを日本に帰国させられるかどうかという点でとても悩んでおられました。帰国日は2日後に迫っていたのですが、オーストラリア人受け入れ家庭は、震災の状況が落ち着くまでこのまま生徒たちをニューキャッスルで受け入れるという意向で準備し動いていました。日本の教育委員会は、生徒たちを日本に帰国させるよう指示しているとのことでしたが、受け入れ家庭は、その判断には猛反対をしていました。

「生徒たち自身の気持ちはどうなのですか?」と質問をしたら、驚いたことに、「遠い国で震災の話を聞いてパニックにならないよう、現地受け入れ家庭や学校が震災情報を遮断して、生徒たちに気付かせないようにしたのでまだ知らない」とのことでした。確かに日本と連絡すら取れなければ、状況も把握できず、不安を抱えながら過ごすだけになってしまうでしょう。

私はその時、生徒たちの気持ちや安全を最優先するのはオーストラリア人らしいな……と妙に感心をしてしまいました。一歩間違えば、自分たちが責任を問われる立場にもなりかねないのにです。

しかし、生徒たちの気持ちを考えるとどうなのでしょう?自分がその立場だったら?日本の親御さんや親戚にとっては、今すぐ学生たちに戻って来てほしいか、どうなのでしょう?日本領事館にも相談しましたが、やはり日本に帰すべきとの判断でした。その後色々と思案したあげく、世話係の女性から生徒たちに本当の事情を話し、日本に帰る決断をしていただきました。

その時の苦しい判断は、今でもはっきりと思い返すことができます。彼らは成田からどうやって家族の元に帰っていったのだろう?たとえ無事にたどり着いたとしても、体育館での避難所生活になるのだったら、ニューキャッスルに居たほうが、彼らにとっては幸せだったのではないか?などなど……。

その後の追跡はできませんでしたが、学生たちはその後どのような足取りをたどったのか? 今でも思い出し考えることがあります。

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