【シドニー虹色通信】保養プロジェクト

東日本大震災・被災地を想う シドニー虹色通信

プロフィル◎JCSシドニー・レインボー・ステイ・プロジェクト
2011年3月11日東日本大震災発生の年、被災児童を支援する目的でシドニーで発足した保養プロジェクト。毎年夏休み期間中に、10人の小中高校生を東北からシドニーにホーム・ステイ招待している。また毎年3月11日前後には、震災復興支援とファンド・レージングの目的で「3.11震災復興支援イベント」を開催している。シドニー日本クラブ(JCS)傘下団体。
www.jcsrainbow.com

文:Yukiko Salisbury(プロジェクト代表)

第5回 保養プロジェクト

2011年3月26日、マンリー・ビーチ周辺で311震災支援のチャリティー・イベントを開催し、1日で3万ドルの義援金が集まりましたが、その義援金はすべて日本赤十字に送りました。しかしその義援金が、後に赤十字を通して被災地でどのように活用されたかを、知るすべはありませんでした。

私がイギリスに住んでいた頃に、ウクライナではチェルノブイリ原発事故が発生し、こちらも未曾有の出来事で、被災した子どもたちの健康問題も発生し、世間からの注目を浴びていました。その頃からヨーロッパでは、チェルノブイリの子どもたちのために、保養プログラムなるものが実施されていました。これは特に、ドイツやイタリアで盛んに行われていましたが、被災した子どもたちを現地に招待し、遊びやスポーツを経験しながら、安全な環境下、心身ともに保養をして過ごすというのがコンセプトでした。

この保養の効果は、医学的にも検証され、参加前と参加後の変化は、血中のストレス・ホルモン・レベルが下がったり、一定の放射性物質が体内から排除されたり、精神面でもポジティブ志向になるなどの結果が証明されました。

その話を見聞きしていたので、マンリーのイベントが終わってからの震災支援活動は、この方法にしようと私は考えました。そう思いついたのが11年の5月頃で、日本が夏休みである同年8月の催行をめどに、東北の被災児童達をシドニーで受け入れるという保養プロジェクトの企画をスタートしました。

その頃日本では、まだ震災被災者への「保養」という言葉は聞き慣れておらず、コンセプトも理解されず、否定的な意見も聞こえました。「震災後の大変な時期にのんびり海外に出る状況ではない」、「シドニーで楽しい経験をしても帰ってから現実とのギャップにつらくなる」、「たった10人の子どもたちをシドニーに招待しても何が変わるのか?」などです。

この看板を超えるとチェルノブイリ市だ(Photo:Joe O'Malley)
この看板を超えるとチェルノブイリ市だ(Photo:Joe O’Malley)

私自身も実行してみないことには、どのような成果がもたらされるのか全く想像が付きませんでした。ただヨーロッパでの保養プログラムの実績や成果を信じて、決行することにしました。

しかしその計画を初めてから同じくして、周囲にこのプロジェクトの協力者もたくさん現れるようになりました。マンリーのイベントもそうでしたが、被災者のために直接的支援をしたいと考えていた人たちがシドニーにもたくさんいたのです。

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