【シドニー虹色通信】福島県南相馬市の真野承万葉太鼓

東日本大震災・被災地を想う シドニー虹色通信

プロフィル◎JCSシドニー・レインボー・ステイ・プロジェクト
2011年3月11日東日本大震災発生の年、被災児童を支援する目的でシドニーで発足した保養プロジェクト。毎年夏休み期間中に、10人の小中高校生を東北からシドニーにホーム・ステイ招待している。また毎年3月11日前後には、震災復興支援とファンド・レージングの目的で「3.11震災復興支援イベント」を開催している。シドニー日本クラブ(JCS)傘下団体。
www.jcsrainbow.com

文:Yukiko Salisbury(プロジェクト代表)

第7回 福島県南相馬市の真野承万葉太鼓

日本国外では東日本大震災の地名、東北を「Tohoku」と示されてもピンと来る外国人は少ないですが、「Fukushima」と言えば、大抵の人があの震災のことを思い浮かべるでしょう。

海外では、もうほとんど当時のニュースは見聞きしなくなりましたが福島原子力発電所の件だけは時々報道されるので、「Fukushima」の名前がクローズアップされ、東日本大震災の代名詞にもなってしまいました。

実際、福島県の地震被害は他県に比べると、原発の被害を除き、それほど大きくはありませんでした。津波による死者・行方不明者数(2015年3月警察庁調べ)は、宮城県(10,792人)と岩手県(5,802人)に比べると、福島県(1,814人)は、圧倒的に少ないのです。なお3.11の震災被害は、地震そのものではなく、津波による水害が原因でした。

その福島県で唯一、津波による被害と原発事故の影響により、閉校に追い込まれた小学校があります。福島県南相馬市鹿島区の真野小学校です。

真野小学校は、1873年に創立され、海岸からは2キロの所に位置していました。学校は校舎1階部分が津波で破壊され、校庭はがれきで埋まりましたが、幸いにも児童の死者は出ませんでした。しかしその後、原発の影響が原因で、在籍児童数が激減したため、14年3月に鹿島小学校と合併されることになりました。

その真野小学校の閉校式で注目を浴びたが、学校に代々継承されてきた「万葉太鼓」の活動です。南相馬市鹿島区(旧鹿島町)は、万葉集巻3で、笠かさのいらつめ女郎が、大伴家持に対する情熱を詠んだ歌の名にその地名があり、桜平山に歌碑も建立されています。

真野小学校で代々継承されてきた「万葉太鼓」の活動の様子
真野小学校で代々継承されてきた「万葉太鼓」の活動の様子

この万葉集の歴史にちなんで、「真野万葉太鼓」と名付けられた太鼓芸能は、真野小学校の授業カリキュラムの一環にも取り入れられ、全校生徒が取り組んできた活動でした。その真野小学校が閉校になっても、この伝統芸能を継承させようと、現在は、真野小の「小」を「承」の文字に置き換え、「真野承万葉太鼓保存会」を発足。元真野小学校の児童たちをはじめ、卒業したOBたちで活動を継続しています。福島県南相馬の有名な「相馬野馬追祭り」でも、その万葉太鼓を叩く姿が現在も見られます。

この「真野承万葉太鼓」の活動を国外に披露する目的で、今年16年のレインボー・プロジェクトは、太鼓に従事する被災学生達を保養招待し、シドニーにて公演会を開催する準備をしています。

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