【シドニー虹色通信】被災地で生きる子どもの姿

東日本大震災・被災地を想う シドニー虹色通信

プロフィル◎JCSシドニー・レインボー・ステイ・プロジェクト
2011年3月11日東日本大震災発生の年、被災児童を支援する目的でシドニーで発足した保養プロジェクト。毎年夏休み期間中に、10人の小中高校生を東北からシドニーにホーム・ステイ招待している。また毎年3月11日前後には、震災復興支援とファンド・レージングの目的で「3.11震災復興支援イベント」を開催している。シドニー日本クラブ(JCS)傘下団体。
www.jcsrainbow.com

文:Yukiko Salisbury(プロジェクト代表)

第12回 被災地で生きる子どもの姿

私が初めて被災地、岩手県大槌町にボランティアとして足を踏み入れたのは2012年2月のことでした。震災から1年が経とうとしていたその時期、予想とは違った想像を絶する光景に言葉を失ったのを覚えています。町があったことを想像すらできない町。何もなくなり、家の土台だけが残るその土地は、現実のものとは思えないものでした。日本人として、何かできることはないのだろうか?それから渡豪するまでの3年半、私は大槌町に通い続けました。主な活動は子どもたちとの交流。私が子どもたちへの支援を主に行っていたのは、ある出来事がきっかけでした。

12年7月、立ち寄ったレストランで私はある少女と出会いました。名前はイリ。まだ4歳でした。彼女は1人でレストランの外で遊んでいたので、私が話しかけると、たちまち仲良くなりました。しばらくして、彼女が「ついて来て!」と言い、お気に入りのスクーターに乗り走り出したので、私は彼女と、住宅地であったであろう道を抜け、ある場所にたどり着きました。おもむろにそこら辺に生えている花を摘み、その場所に花を手向ける彼女。私が「ここはどこ?」と聞くと彼女は「イリが通ってた保育園だよ」と笑顔で答えました。「ここは広場、ここはトイレ、ここは教室」。その後イリは、思い出に浸るように彼女の通っていた保育園を紹介してくれました。

2012年7月撮影。スクーターで消えた住宅街を進み、イリは思い出の場所に向かう(Photo: 伊藤美咲)
2012年7月撮影。スクーターで消えた住宅街を進み、イリは思い出の場所に向かう(Photo: 伊藤美咲)

私はショックを受けました。この小さい少女が受け入れようとしてる現実はとても過酷で、大人でも時間がかかるものです。それを彼女は、1人でそこに通いながら必死で受け入れようとしているように見えました。

岩手県大槌町は、全人口のおよそ10人に1人が震災によって亡くなり、住居倒壊率は64.6パーセントと被災地で3番目に高い町です。多くの子どもたちが、慣れ親しんだ家を失い、狭く多くの我慢を強いられる仮設住宅で暮らしていました。現在もその状況は変わりません。そんな心理的ストレスから、暴力的になる子どもやいじめ、非行、不登校も増えているという現状がありました。

その状況を目の当たりにした私は、子どもたちへの定期的な支援を始めました。大学で仲間を集い、体力のある大学生が、子どもたちが思いっきり遊べる場を作る――。それが私たちのミッションでした。

その後私は、支援を後輩たちに引き継ぎ渡豪。Rainbow Projectと出合い子どもたちへの支援を続けています。大槌町でもシドニーでも、子どもたちが見せてくれる笑顔が私の支援を続ける理由です。

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