【シドニー虹色通信】3年ぶりに福島県を訪れて……

東日本大震災・被災地を想う シドニー虹色通信

プロフィル◎JCSシドニー・レインボー・ステイ・プロジェクト
2011年3月11日東日本大震災発生の年、被災児童を支援する目的でシドニーで発足した保養プロジェクト。毎年夏休み期間中に、10人の小中高校生を東北からシドニーにホーム・ステイ招待している。また毎年3月11日前後には、震災復興支援とファンド・レージングの目的で「3.11震災復興支援イベント」を開催している。シドニー日本クラブ(JCS)傘下団体。
www.jcsrainbow.com

文:Yukiko Salisbury(プロジェクト代表)

第16回 3年ぶりに福島県を訪れて……

シドニーの学校が春休みだった10月、私は3年ぶりに福島県を訪れました。今回訪ねたのは、飯館村と南相馬市です。

まず飯館村では、飯館村酪農協同組合元会長である長谷川健一氏の自宅にお邪魔しました。飯館村は現在、全村避難対象区域で、役場申請すれば一定期間の自宅宿泊が可能ですが、長谷川氏ご夫妻は、伊達市の仮設住宅に住んでいます。なお、長泥行政区域(帰還困難区域)を除いた飯館村全域は、2017年4月1日で避難解除となります。

飯館村は、福島原発から30キロ圏外であったため、当時の避難も遅れました。村はホット・スポットで非常に線量が高かったのですが、30キロ圏外なので政府も東京電力も汚染の事実に気が付かなかったのです。

また、飯館村は高級ブランド牛を代表するように、酪農が盛んな地域でしたが、震災以降そのような牛たちも放射能の影響を受け、酪農業の継続が厳しい状況です。当時生きていた乳牛たちの乳を搾っては無駄に捨てたり、可愛がっていた牛を屠殺した他、人がいなくなり逃げた牛が野生化し民家を荒らすなどの苦労話を、長谷川氏からお聞きしたことがあります。

私は飯館村を訪ねたいとずっと考えていたのですが、5年が経ってから実現し、気が付いたことが2つあります。飯館村は山に近いのでたくさんの緑が茂り、青々としてとてもきれいです。しかし車で走っていると、その緑の中に真っ黒な光景が突然現れます。除染土や草木を処理した大きな黒いフレコンバッグの山です。

飯館村には除草土や草木を処理したフレコンバッグが山積みとなっていた
飯館村には除草土や草木を処理したフレコンバッグが山積みとなっていた

驚いた事に来年避難解除になる民家のすぐ側に山のように積み上げてあるのです。私だったらこんな場所に子どもたちを住まわせられるのか?と大きな疑問を感じました。飯館村だけで現在このフレコンバッグは190万袋あるそうですが、1カ月に10万袋のペースで増えているそうです。汚染草木は村の減容化施設(焼却炉)で灰にしコンクリート詰めにした後、双葉町と大熊町に建設予定の中間貯蔵施設に搬入する予定ですが、汚染土の処理は見通しが立っていないそうです。

そして、福島県のどの避難対象地域にも当てはまるのですが、物理的には避難解除になり人間が住めるようになっても、生活をするための機能やインフラ整備、仕事などがなければ、若者は戻らないだろうと考えられています。若者が戻らなければ、地域の将来を支えて行くことができない。避難解除後に老人は戻っても、いずれ村は消滅してしまうかもしれない、という危機に直面しているのです。

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