ダスティアーリ上院議員

 

政界こぼれ話人物編 その176

ダスティアーリ上院議員


労働党のサム・ダスティアーリ上院議員は、1983年7月28日にイランの漁村で誕生している(31歳)。4歳上の姉がいる。両親は79年のイラン革命に関与した学生政治活動家であった。ダスティアーリが5歳の時、すなわち88年に、叔父や叔母の跡を追う形で一家は豪州に移民し、シドニーに居住している。

88年と言えば、英国の植民開始200周年記念の年で、各地で記念行事が開催され、幼いダスティアーリも新天地豪州に興奮したという。ただ、学校生活ではさまざまな差別に遭遇したと述懐している。両親から受け継いだ血か、早くから政治の世界に関心を抱き、労働党には16歳の時に入党している。05年にはNSW労働党青年部の議長に就任した。シドニー大学経済学部に進学し、学生自治会/政治活動に邁進したが、結局、ドロップアウトしている。その後、マッコーリー大学で政治学を学んでいる。大学卒業後は労働党系のコンサルタント/ロビイング事務所に勤務していたが、10年にNSW労働党書記長の要職に就いている。

言うまでもなく、NSWは最大の州であり、同州の労働党は全国でも最も強力な党グループである。そのNSW労働党を束ねる書記長に弱冠27歳で就任したわけで、この1点だけでもダスティアーリの実力のほどがうかがえる。ちなみに、ホーク/キーティング労働党政権下で大物フィクサーとして鳴らし、現在も政治評論家として活躍するリチャードソンも同年齢で同ポストに就いている。NSW書記長を3年強務め上げたダスティアーリは、連邦下院に鞍替えするため辞職した労働党上院議員の後任として、13年8月に連邦上院議員となり、現在に至っている。

新人であることから、依然として陣笠議員ではあるものの、既にダスティアーリは政界やメディアから大いに注目されている。それは上院委員会での活躍で、ダスティアーリは巨大多国籍企業の節税行為や大手銀行のビジネス慣行などを鋭く追及し、ビジネス界から恐れられるとともに、一部国民からは喝采を浴びている。思想、信条だが、労働党の右派に所属する。極めてエネルギッシュな人物で、またNSW労働党という、最も「苛酷な」世界で揉まれてきただけに、若さや穏やかな容貌にもかかわらず、タフな人物である。歯に衣着せぬ言動でも有名で、最近ではNSW電力部門の民営化を公然と支持した労働党のファーガソンを(注:資源大臣などを務めた大物。既に政界からは引退)、「裏切り者」、「ドブネズミ」と呼びつつ、党籍を剥奪すべきとまで発言している。

ただ自らの体験もあって、被差別者や社会的弱者には温かい。「大きな豪州」、すなわち移民受け入れ枠の拡大を通じた、豪州人口の大幅増加を標榜している。家族は妻のヘレンと2人の娘である。このヘレンはエコノミストで労働党政治家のスタッフでもあった才媛だが、父親は労働党の大物閣僚であった人物である。

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