B.ビショップ下院議長

 

政界こぼれ話人物編 その177

B.ビショップ下院議長


自由党のブロンウィン・ビショップ下院議長は、1942年10月19日にシドニーで誕生している(72歳)。母親は有名なオペラ歌手であった。大学の法学部は卒業していないが、事務弁護士の資格を取得し、政界入りする前には弁護士、会社役員として活躍。同時に自由党の党活動も熱心に行い、85年にはNSW州自由党支部議長に就任している。女性で最大州NSWの議長となったのは、ビショップが初めてのことであった。

政界入りは87年の両院解散選挙の時で、この時は連邦上院選挙に出馬して初当選を果たし、約7年間にわたり上院議員を務めた。その後ビショップは、94年3月にNSW州マッケラー選挙区で実施された補欠選挙に当選し、下院への鞍替えに成功している。96年にハワード保守連合政権が誕生した後は、国防産業・科学・人員大臣や老齢者大臣を歴任。ところが2001年選挙直後の組閣では、老人看護所スキャンダルへの稚拙な対応ぶりが仇となって、閣僚から更迭され、その後は一貫して陣笠議員にとどまっていた。ただ07年に保守連合が下野してからは、影の閣外大臣に復帰している。そして13年9月にアボット保守連合政権が誕生すると、ビショップは下院議長に就任している。

ちなみに下院議長のポストとは、立法府の長という重要ポストである一方、「上がりのポスト」、あるいは閣僚には無理な有力政治家のポストでもある。ビショップといえば、その古風かつ派手な髪型で有名だが、小柄で、かなりの高齢でもあり、またテレビ・カメラの前では常に笑顔を絶やさないことから、一見すると慎ましやかな淑女といった印象を受ける。

ところがビショップは、党内でも最強硬派に分類されるコチコチの保守で、歯に衣着せぬ言動、舌鋒の鋭さや攻撃性でも有名な政治家である。ビショップの名前が一躍世間に知れわたったのも、93年の上院委員会公聴会で、庶民にとっては「憎き敵」である国税庁のヘッドを執拗につるし上げたためであった。

なお、同じく強硬右派のアボット首相とビショップとの関係は極めて親密で、かつてアボットは、「自分は、思想的にはハワードを父親に、ビショップを母親とする子ども」などと述べていた。そのビショップは現在、旅費・交通費の不正請求スキャンダルで苦境に陥っている。具体的には、下院議長としての「公務」としつつ、5,000ドル以上を公費から支払ってヘリコプターをチャーターしたのだが、実は「公務」ではなく、政党がコスト負担すべき「党務」であった。すなわち、自由党の政治献金集めパーティーへの出席であったというものである。ビショップの「党派的な」議長ぶりに不満が高じていた野党は、議長からの辞任を要求しており、今後の動きが注目される。

離婚した夫との間に2人の娘がいるが、そのうちの1人は、「ネットワーク10」の芸能リポーターのアンジェラである。母親の血か、趣味は歌や踊りとされる。

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