ターンブル新首相

 

政界こぼれ話人物編 その179

ターンブル新首相


第29代目の連邦首相となった自由党のマルコム・ターンブルは、1954年10月24日にシドニーで誕生している(60歳)。父親のブルースは電気工の見習いなどを経て、パブを専門とする不動産関係のビジネス・マンとなった人物である。一方、作家であった母親のコーラルは、ターンブルが8歳の時に、自身のキャリアを追求するため単身で米国に渡り、その後は英文学の学者として活躍したが、結局、両親は離婚している。

シドニーの名門私立校シドニー・グラマーを最優等の成績で卒業し、シドニー大学に進学。同大学から法学と人文学の両学士号を取得後、78年には栄誉あるローズ奨学金を獲得し、英国のオックスフォード大学法学部に留学している。その後ジャーナリズム、法曹界、ビジネス界と、ターンブルはさまざまな世界で相当な成功を収めてきた。ただ政治への強い興味、関心は若いころからのもので、第4のキャリアとして政治家を選択したのも当然の成り行きであった。

連邦政界入りは2004年10月に実施された選挙である。既に著名人であったターンブルは、初当選の時点から近い将来の閣僚候補、それどころか、将来の自由党党首、首相候補の1人とまで目されていた。実際に07年1月には、閣外大臣を経ずに、いきなり閣内の環境・水資源担当大臣に大抜擢されている。そして08年9月には、連邦政界入りからわずか4年弱で、保守系の大政党である野党自由党の党首の座にまで上り詰めている。ただ09年12月の党首選挙では、わずか1票差ながら挑戦者のアボットに敗北。その後は影の通信相を務め、13年9月の第1次アボット保守政権の組閣でも、そのまま閣内の通信相に横滑りしている。そして、アボットへの評価が一貫して「超低空飛行」を続ける中、また高いターンブル人気を背景にして、今年の9月14日にアボットに党首挑戦して勝利を収め、ターンブルは若いころからの野望であった連邦首相に就任し、現在に至っている。

思想・信条傾向だが、アボットが自由党の(強硬)右派であるのに対し、ターンブルは自由党穏健派に分類できる。人物・人柄だが、唯我独尊で我が強いなどと言われるものの、そういった批判は、ターンブルの華麗な学歴、職歴、人脈、政界でのスピード出世ぶりなどに対するやっかみ、嫉妬に根ざす部分も多分にある。実はターンブルはさまざまな慈善事業、福祉団体へ寛大な寄付を行うなど、篤志家としても有名である。

シドニーでも一等地であるポイント・パイパーの豪邸に住んでいることもあって、尊大にも見られるが、実際には極めて庶民的で、高給取りの投資銀行家の時代にもフェリーなどで通勤していた。また抜群のコミュニケーション・スキルを誇る。家族であるが、妻であるルーシーは政治的名門の出で、ルーシー自身も、女性として初めてシドニー市長を務めたというキャリア・ウーマンでもある。

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