バーミンガム教育大臣

政界こぼれ話人物編 その180

バーミンガム教育大臣


南オーストラリア(SA)州選出の自由党連邦上院議員であるサイモン・バーミンガム教育・職業訓練大臣は、1974年6月14日に、SAの州都アデレード北部で誕生している(41歳)。公立学校を経てアデレード大学に進学し、同大学より経営学修士号(MBA)を取得。若いころから政治の世界に関心を抱き、アデレード大学時代の93年には、同大学自由党クラブの会長に就任している。ちなみに03年にはSA自由党の副会長に、05年には同上席副会長にも選出されている。大学卒業後は、自由党穏健派の重鎮であったヒル(注:ハワード保守連合政権下で環境相や国防相を歴任。引退後は国連大使に)の選挙区スタッフや、SA州保守政権の自由党閣僚の顧問、ほかには、ホテル業界やワイン業界団体の幹部を務めた。

ただ、バーミンガムは一貫して政治家志望で、29歳の時には、SAのハインドマーシュ連邦下院選挙区で実施された自由党の予備選挙で勝利し(注:党の公認候補を選出する内部選挙)、04年連邦下院選挙に出馬している。同選挙では落選の憂き目を見たものの、3年後の07年に転機が訪れている。それは同年に、SA選出の自由党連邦上院議員が死亡するという事件が発生し、その後任に党内でバーミンガムが選ばれたことであった。こういった場合、後任は、死亡した上院議員が前回当選した時点で所属していた政党から自動的に選ばれる。そのため、自由党内で選出されたバーミンガムが、07年5月より上院議員に就任した次第である。

当時のバーミンガムは32歳と、最年少の上院議員であった。その後バーミンガムは、07年および13年の上院半数改選選挙で連続当選を果たしている。09年12月には、アボットがターンブル野党リーダーを破って新リーダーに就任したが、バーミンガムは環境担当の影の政務次官としてフロント・ベンチ入りした。13年9月の連邦選挙でアボット保守連合政権が誕生すると、そのまま横滑りして環境担当政務次官に、また14年12月のアボット第1次改造内閣では、閣外の教育・職業訓練補佐相として初入閣を果たした。そして今年9月にターンブル保守連合政権が誕生すると、所掌名はそのままながら、閣内相に昇格し、現在に至っている。

思想・信条だが、自由党の穏健派に分類できる。SA州には同じく自由党穏健派の実力者で、バーミンガムの前任者であるパイン産業・イノベーション・科学相がいるが、バーミンガムはSA自由党ではパインに次ぐ大物である。人柄だが、見かけ通りに温和で暖かな人柄とされる。家族は、弁護士で会計士でもある妻のコートニーと幼い2人の娘だが、バーミンガムは子煩悩でも知られる。国連のユニセフの活動に多大な関心を寄せている。趣味の1つはオージー・ルール・フットボール(AFL)の観戦で、もちろん、ひいきのチームは地元のアデレード・クロウズである。

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