ジョイス国民党党首

政界こぼれ話人物編 その184

ジョイス国民党党首


今年の2月11日に、自由党と連立する国民党の新党首に就任したバーナビー・ジョイスは、1967年の4月17日にNSW州の田舎町タムワースに誕生している(48歳)。兄弟は6人で実家は農家であった。シドニーにあるカトリック系の名門高校で寄宿生活を送った後、ニュー・イングランド大学に進学し、ここで商業などを学んでいる。ジョイスは大学時代にはラグビー選手として活躍し、一時酒場の「用心棒」を務めたという「体育会系」の人物である。

卒業後はしばらく農業に従事し、更に会計士や地方銀行勤務を経て、98年にはQLD州ブリスベンの西500キロメートル程に位置する、人口がわずか2,000人程のセント・ジョージに居を構えて、小さな会計事務所を営んでいた。同時に国民党の党活動にも熱心に取り組み、初出馬であった04年10月の上院半数改選選挙では、あらゆる予想を裏切って当選を果たすという大金星を上げている。

早くも08年9月には国民党の上院リーダーに就任し、また09年12月より影の予算相や影の地方開発相等を歴任している。13年9月の選挙では下院に鞍替えし、しかもNSWのニュー・イングランド選挙区から出馬して当選し、アボット第1次保守連合政権では閣内の農業相に就任すると同時に、国民党の副党首にも選出されている。また、昨年の9月にターンブル第1次保守連合政権が誕生すると、ジョイスは現行の所掌を保持した上で、水資源の所掌を追加担当している。

そして今回、担当ポートフォリオはそのままで、国民党の新党首、すなわち副首相に就任している。ジョイスは1年生議員、それどころか上院議員に就任した直後から、大いに注目を集めていた政治家である。その理由は、ジョイスが与党国民党に所属していたにも関わらず、メディア改革や巨大通信企業テルストラの民営化といった、連立先の与党自由党の重要政策に公然と異を唱え、しかも政府法案に反対票を投ずると恫喝してきたばかりか、実際に何度も実行したからであった。

思想、信条だが、国民党議員だけに、また敬虔なカトリック教徒だけに、社会政策分野ではかなり保守的である。また自由党指導部の経済合理主義一辺倒には反対で、保護主義的、規制重視のメンタリティーを持つ。人柄だが、気が強くエキセントリックではあるもの、がき大将が大きくなったようなジョイスには憎めないところがあり、また、その庶民性や率直さによって、ジョイスは取り分け地方では極めて高い人気を誇っている。「カラフルな」ジョイスの党首就任で、今後国民党の存在感、知名度が大きく上昇するのは間違いない。ただやや「率直過ぎて」、しばしば「空気の読めない」ジョイスによる舌禍事件の発生を危惧する向きもある。家族は妻のナタリーと4人の娘である。

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