ガナー主席大臣

政界こぼれ話人物編 その191

ガナー主席大臣


労働党のマイケル・ガナー北部準州(NT)主席大臣は、1976年1月6日にNTのアリス・スプリングスで誕生している(40歳)。4人兄弟の長男である。父親はボイラー職人や市電の運転手を務め、また家族はさまざまな零細ビジネスに携わっていたが、低所得層向けの公営住宅に住んでいた。曽祖父はロシア革命の混乱から逃れて、グルジアから豪州に移民した人物である。またガナーには先住民の親戚もいる。

カトリック系の高校では、生徒からも教師からも好かれる人気者であった。ただ当時の教師によると、ガナーが政治家になるとは全く想像しなかったとのことである。その後、NT大学(注:現在のチャールズ・ダーウィン大学)法学部に入学したものの、途中で人文学部に転部している。大学時代には学生自治会運動にも関わったが、ガナーは苦学生で、大手量販店などでアルバイトをしつつ大学を卒業している。万能型のスポーツマンでもあり、ラグビーではNT代表チームに選ばれている。

さて2001年8月のNT選挙は大番狂わせとなり、それまで万年野党であった労働党が辛うじて単独過半数を確保し、政権の座に就いている。主席大臣となったのは、NT労働党では初の女性リーダーで、また初の女性主席大臣となった、国営ABC放送のアナウンサー出身のマーティンであった(注:7代目のNT主席大臣)。ガナーは01年から08年まで、マーティンの政治顧問を務めているが、現在でもマーティンを尊敬している。接戦の末にNT政界入りを果たしたのは、08年のNT選挙で、出馬選挙区は政界から引退したマーティンのファニー・ベイ選挙区である。その後、12年及び16年選挙と連続当選を果たした。

当選後は、影の閣僚として開発、警察、運輸、そして財務など、さまざまな所掌を担当したが、13年には野党労働党リーダーへの挑戦の動きを見せている。これは失敗に終わったが、15年4月になると、スキャンダルで苦境にあったリーダーのローリー女史に挑戦の狼煙を上げ、結局、ローリーが辞任したことから、「異議無し」で野党リーダーに就任している。そして今年8月のNT選挙では、ジャイル率いる与党地方自由党に歴史的な大勝利を収めて主席大臣に就任している。なお、NT生まれの主席大臣はガナーが初めてである。

思想的には労働党の右派に所属する。人柄の良さ、庶民性、エネルギッシュさでは定評がある。地方自由党政府の混迷ぶりを鋭く批判してきたガナーは、政府の安定性を重視すると宣言しているが、そのためにはコンセンサス型のリーダーシップが要請されていると述べている。またガナーは選挙後に第1次ガナー政権の組閣を公表したが、8閣僚のうちの実に5人が女性であった。この点から、ガナーが公平かつ進歩的な人物であることがうかがえる。1回の離婚歴があり、現在のパートナーは、国営ABC放送のジャーナリストであるオブライエン氏である。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る