バー主席大臣

政界こぼれ話人物編 その192

バー主席大臣


労働党のアンドリュー・バーACT主席大臣は、1973年にNSWのリズモアで誕生している。バーが生まれた時、父親は18歳、母親は17歳であった。バーには6歳下の弟がいる。バーが4歳の時、父親がキャンベラの連邦財務省に職を得たことから、一家3人で首都キャンベラへと転居している。公立学校を経て、地元の豪州国立大学(ANU)に進学し、政治学や経済学、経済史などを学習。早くも大学1年の時には労働党に入党しているが、実はバーが政治への関心に目覚めたのは、わずか10歳の時であったという。

大学自治会運動にも熱心に関わり、ANU学生自治会の幹部となっている。卒業後は労働党連邦議員のスタッフとして3年ほど働いた。その後2年ほどは民間部門で働いたものの、再度政治の世界に戻り、野党時代のスタンホープにも仕えた(注:強硬左派のACT大物政治家。その後主席大臣として長期労働党政権を率いた)。

元々、政治家志望であったバーは、04年のACT選挙に出馬したものの、落選の憂き目を見ている。ところが、06年にACT政府の財務大臣であった人物が政界から引退すると、バーが前回選挙の繰り上げ当選となり、同年4月からACT議員となった。しかも閣僚数が少ない一方で、所掌は数多いということもあって、政界入りするやいなや、バーは即座に教育などを担当する閣僚に抜擢されている。

11年5月には、大物のスタンホープACT主席大臣が政界から引退。後任にはガラハー女史が就任したが、バーは副主席大臣に就任している。そしてガラハーが連邦上院に鞍替えしたことに伴い、バーは14年12月に主席大臣の座を射止めている。今年の10月には、リーダーとしてはバーにとって初陣のACT選挙が実施されたが、与党不利との選挙前の予想を覆して、バーは見事マイノリティー政権の存続に成功している。ちなみにACT労働党は、これで連続5選を果たした。

思想、信条だが、バーは労働党の右派に所属し、経済分野では経済合理主義者、すなわち市場原理の信奉者である。またバーは政策通との評価を受けているが、とりわけ経済に明るく(注:バーは11年7月から現在に至るまで、財務相の要職にもある)、しかも強い関心を抱いている。他方で、社会政策分野では労働党の強硬左派なみに進歩的である。その背景には、バーが同性愛者であるとの事情もある。バーは財務相としてACT税制度の改革に取り組み、実績も上げてきたが、同時に同性愛者の権利問題などへの対応でも高く評価されてきた。

人柄だが、明るい性格ではあるものの、プライバシーを極端に重視しており、そのためバーの真の姿がなかなか掴めないとの声も聞こえる。これは本人も認める通り、同性愛者としての少年時代の辛い経験、それに伴う「防衛メカニズム」と考えられよう。家族は長年の男性パートナーであるアンソニー。バーは極めて多趣味の人物でもある。

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