マクゴーワンWA州首相

政界こぼれ話人物編 その196

マクゴーワンWA州首相


労働党のマーク・マクゴーワン新WA州首相は1967年7月13日に、NSW州第2の都市であるニューキャッスルで誕生している(49歳)。公立高校を経てQLD州大学に進学し、同大学より法学士と人文学士の学位を取得。大学卒業後は法務士官として海軍に入隊したが、その勤務地がWA州のパースであった。当地が気に入ったマクゴーワンは、除隊後もWA州に留まっている。

マクゴーワンが初めて政治の世界に足を踏み入れたのは、パース郊外のロッキングハム市の議員になった時であった。同市の副市長を経て、96年のWA州選挙で州下院議員に初当選している。2001年選挙ではギャロップ率いる野党労働党が勝利したが、その直後にマクゴーワンは閣外大臣として初入閣を果たし、また05年選挙後には重要な観光相に就任した。

そのギャロップはうつ病で政界から引退し、その後カーペンター労働党政権が誕生したが、同政権下でマクゴーワンは環境相や教育相等を歴任している。当時のマクゴーワンは、カーペンターの後継候補の1人と目されていた。ところが、08年9月の州選挙で労働党は下野し、野党リーダーに就任したのは、財務相としての実力は抜群だが、カリスマ性や攻撃力が不足しているとして、それまでリーダー候補とは目されていなかったリッパーであった。

就任から3年以上が経過しても、リッパー野党は一貫して低評価に喘いできたことから、結局、リッパーはリーダーからの辞任を余儀なくされ、12年1月にはマクゴーワンが新リーダーに選出され、その後一貫して野党リーダーを務めてきた。

昨年3月には、意外、唐突にも、労働党の大物連邦政治家であったスミスが、マクゴーワンに挑戦する動きを見せたが、WA州労働党議員はほとんどがマクゴーワンに忠誠を示し、この事件は、逆にマクゴーワンの議会政党内支持基盤の盤石さを印象付けることとなった。

思想、信条だが、派閥政治の労働党にあって、マクゴーワンは独立派を名乗っている。ただ、環境問題などではかなりの左派と言って良い。環境問題と言えば、カーペンター労働党政権は同州のウラン資源開発に強く反対し、当時環境相であったマクゴーワンも「売込み」に奔走したが、野党リーダーに就任した直後にマクゴーワンは、同政策を維持しつつも、ソフト化することを宣言している。

なお、言うまでもなく、労働党政治家は労働組合との関係が深いが、マクゴーワンはその傾向がとりわけ強いとされ、ビジネス界にはこの点を懸念する向きもある。

人柄だが、行動力、カリスマ性と共に(注:カリスマについては異論もあるが)、庶民性も備えた稀な政治家である。週末にはスーパーで一家の食糧の買い出しをし、またスポーツ活動に参加する子どもたちの送迎なども行ってきた。海軍士官時代には、火災を起こした車から意識不明の運転者を救出し、連邦総督から表彰されたこともある。

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