コリー・バナーディー上院議員

政界こぼれ話人物編 その198

コリー・バナーディー上院議員


豪州保守党のコリー・バナーディー上院議員は、1969年11月6日にSA州のアデレードで誕生した(47歳)。父親はイタリアからの移民である。母方の祖父は労働組合の専従員で、当然のことながら、労働党の熱心な支持者であったという。

高校卒業後は同州の専門学校に通い、経営学コースで学んでいたが、89年に奨学金を得て、エリート・スポーツ選手が集う国立の豪州スポーツ専門学校に入学した。種目はボート競技で、バナーディーは一時期豪州の代表レベルにまで達したスポーツマンであった。ところが腰を痛めて同競技を断念し、その後は実家のホテル経営に携わったり、また金融業界でコンサルタントとして働いた。

同時に政治の世界にも関心を抱いていたバナーディーは、自由党員としても積極的に活動し、98年には自由党SA州支部議長に、そして2005年には連邦自由党の副議長に就任している。

連邦政界入りは06年の5月である。同年の3月に、自由党穏健派の重鎮で、国防大臣や上院リーダー等を歴任した大物のロバート・ヒルが政界から引退。ヒルの後任の上院議員として、SA州自由党内で選ばれたのがバナーディーであった。

その後バナーディーは、07年、13年、16年上院選挙と、SA州自由党の「上院チケット順位」(注:各政党が選挙前に決定する自党候補の当選優先順位)の高さのおかげで、難なく連続当選を果たしている。

保守連合が下野していた時代には、幾つかの影の政務次官のポストに就いていた。ところが昨年7月の両院解散選挙で、自由党から当選したばかりであるにもかかわらず、バナーディーは今年の2月に自由党から離党し、しかも豪州保守党なる新政党を旗揚げしている。周知の通り、定数76の連邦上院では2大政党共に過半数には遠く及ばず、しばしば計12人いる「その他」議員が法案の行方を握ることとなる。その意味で、バナーディーは離党によって存在感を大きく高めたと言える。

思想、信条だが、おそらくバナーディーは、自由党の中でも最も「右」に位置している政治家で、また原理主義的なカトリック教徒でもある。しかも歯に衣着せぬ言動から、これまでに数多くの舌禍事件を起こしてきた。バナーディーが槍玉に挙げ、批判したのは、堕胎、同性愛者間婚姻の法的認知、イスラム教、地球温暖化現象など、数多くあるが、その中でも同性愛問題に関する発言が最も物議を醸した。バナーディーは、同性愛者間婚姻の法的認知を容認すれば、早晩一夫多妻制、それどころか獣姦行為までが合法化されると述べたのである。以上のような言動から、バナーディーは自由党内でも浮いた存在となっていたことから、いずれは離党するものと予想されていた。

妻との間に2人の息子がいる。

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