デービッド・レオンヘルム上院議員

政界こぼれ話人物編 その199

デービッド・レオンヘルム上院議員


自由民主党のデービッド・レオンヘルムNSW州選出連邦上院議員は、1952年4月1日にVIC州で誕生している(65歳)。4人兄弟の長男で、実家は酪農を営んでいた。祖先はスウェーデンの由緒ある家柄であるという。レオンヘルムが15歳の時に両親は離婚。レオンヘルムはその後母親とメルボルンで生活している。

奨学金を得てメルボルン大学の獣医学部に進学し、またシドニーのマッコーリー大学より法学士号と経営学修士号も取得している。大学卒業後は獣医として6年間ほど活躍したが、その後はビジネス界に転じ、農業ビジネスのコンサルタントなどを務めた。

レオンヘルムは若いころより政治に関心を寄せていたが、これまでに幾つかの政党を渡り歩いている。

初めに入党したのは労働党で、ウィットラム労働党政権を誕生させた、72年の有名な「イッツ・タイム」選挙キャンペーンでは、選挙運動員を務めたという。次に一転して保守系の自由党に入党したものの、直接にはハワード政府の96年の銃規制強化策に反発して離党している。そして入党したのが、射撃・釣り愛好家・農民党であった。同党では幹部となったものの、結局ここも離党し、マイナー政党の自由民主党に入党し、現在に至っている。

連邦政界入りは、アボット保守連合政権が誕生した2013年9月の上院選挙であった(注:任期がスタートしたのは翌14年7月から)。無名の新人議員ながら、レオンヘルムは相当な存在感を示し、昨年7月の上院全数改選選挙では落選すると予想する向きがほとんどであったにもかかわらず、見事再選を果たしている。

思想・信条だが、上述したように幾つかの政党を渡り歩いてきたものの、連邦上院議員となって以降のレオンヘルムは非常に分かりやすい政治家、すなわち信条や路線が明瞭で、また首尾一貫性の強い政治家である。その信条とは、自由党の核心的な政治哲学である個人主義の重視、しかも一般の自由党党員よりも「純粋」に、あるいは原理主義的に重視していることである。

したがってレオンヘルムは、何よりも「乳母国家」(“Nanny-State”)(注:政府が国民を幼児扱いして、何から何まで国民に指図したり世話を焼く、あるいはちょっかいを出すような国家の意)には大反対で、政府は国民の生活には極力介入すべきではないという、換言すれば、強硬な「安価な政府」の信奉者である。

人柄だが、テレビ・カメラの前ではほとんど笑顔を見せず、しかも辛辣な物言いから尊大にも映るが、姿勢、言動がぶれず、しかも媚びを売ることのないレオンヘルムは、政界でも一定の尊敬を勝ち得ている。

細君はアマンダで、趣味は射撃や狩猟である。

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