クリステンセン下院議員

政界こぼれ話人物編 その200

クリステンセン下院議員


国民党のジョージ・クリステンセン連邦下院議員は、1978年6月30日にQLD州のマッケイで誕生している(39歳)。実家は3代目の砂糖キビ農家である。祖先は豪州に近代国家が誕生した1901年に、デンマークから移民してきたという。クリステンセンは早くから政治の世界に関心を抱き、弱冠15歳の時に国民党の青年部に入党している。10年後にはQLD州国民党青年部の議長に就任。公立高校を経て中部QLD大学に進学し、ジャーナリズムを専攻している。学生時代には右翼系の機関紙を発行するなど、当時より物議を醸す言動が多かった。

クリステンセンは、一時期聖職者になることを考えたほどの敬虔(けいけん)な、というよりも原理主義的なキリスト教徒だが、結局大学を卒業後はジャーナリズムや出版業界に入っている。また国民党連邦議員のプレス担当顧問や、地方自治体の評議員も務めた。

連邦政界入りは、労働党のギラードが首相就任から2カ月後に実施した2010年8月の選挙で、クリステンセンはQLD州のドウソン選挙区から出馬して、接戦の末に初当選を果たしている。その後、アボット保守政権が誕生した13年、ターンブル保守政権が勝利した16年の選挙でも、連続して当選している。13年選挙直後には、国民党の「鬼軍曹役」である下院院内総務に就任。また16年選挙後には筆頭院内総務に就任したものの、今年の2月に自ら同ポストを辞任している。

以上のように、一時期与党国民党の筆頭院内総務であったとは言え、クリステンセンは閣僚どころか、政務次官も経験していない陣笠議員に過ぎない。そのクリステンセンがメディアに頻繁に登場するのは、反イスラム、反同性愛、反地球温暖化、そして死刑制度の再導入といった、クリステンセンの「過激」とも言える思想、信条、そして歯に衣着せぬ言動による。所属する国民党は全体が右派の政党だが、クリステンセンはその中でも最も「右」で、従って極右政党のワンネーション党とは強い「親和性」がある。ところが連立相手の自由党は、ターンブルという穏健派の政治家によって率いられており、そのため保守連合の政策路線の一部は、クリステンセンを強い欲求不満に陥れている。

他方で、政権与党の保守連合が下院で過半数ギリギリを制しているに過ぎないとの事情もある。そのため陣笠議員に過ぎないとはいえ、クリステンセンの過激な発言、公然とした政府指導部批判、そして国民党を離党してワンネーション党に加入するとの噂や憶測もあって、クリステンセンが頻繁に注目されているのだ。なお、クリステンセンは長年にわたり肥満に苦しんできたが、さすがに危機感を抱いたのか、今年の5月にマレーシアで胃の縮小手術を受けている。手術の直前の体重は実に176キロほどであったという。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る