クリスティーナ・ケネリー上院議員

政界こぼれ話人物編 その206

クリスティーナ・ケネリー上院議員

連邦上院議員となることが確実視されている、労働党のクリスティーナ・ケネリー元NSW州首相は、1968年12月19日に米国のラスベガスで誕生している(49歳)。米国人の父親は米空軍にエンジニアとして勤務し、豪州人の母親は教師であった。両親共に敬虔なカトリック教徒で、またボランティア活動や慈善活動にも極めて熱心であった。

その後一家はオハイオ州に転居。中学、高校時代のケネリーは学力、運動、リーダーシップと、3拍子そろった生徒で、将来を大いに嘱望された。サッカー選手の奨学金を得てカトリック大学に進学。ただし負傷のためサッカーは断念し、その代わりにケネリーは学生政治運動の世界で活躍している。

卒業後は大学院に進み、神学関係の研究で修士号を取得。ケネリーにとって人生の転機となったのは91年で、この年にポーランドで開かれたカトリック教会の世界青年大会で豪州人のベンに出会っている。94年には豪州に移住し、96年に両者は結婚、そして2000年にケネリーは豪州国籍を取得している。03年にはNSW州政界入りを果たし、07年には初入閣している。そして09年12月に、当時のリー州首相にリーダー挑戦し、圧倒的な差で勝利を収め、第42代のNSW州首相に就任している。

NSW州で女性が州首相となったのは、ケネリーが初めてであった。ただ11年3月の同州選挙では、長期労働党政権に対する州民の不満が嵩じていたことから惨敗を喫している。しばらくして州政界から引退したケネリーは、最近では政治評論家として活躍していたが、ショーテン野党労働党党首に懇願されて昨年12月のベネロング連邦下院補欠選挙に出馬し、大いに注目された。

予想通り同補選では敗れたものの、かなり善戦している。その論功行賞もあって、スキャンダルで連邦上院議員を辞職したダスティアーリの後任として、連邦政界入りすることが確実視されている。最大州NSW州の州首相経験者であるだけに、早晩影の閣僚/閣僚に就任するのは間違いない。

思想、信条だが、労働党の右派に所属する。両親と同様に敬虔なカトリック教徒であることから、かなり保守的な面を持つ。広範な分野の政策に通暁しており、知性が高いと評される。人柄だが、若い時代から、社会、コミュニティーへの貢献、奉仕活動に熱心であった。ただエレガントな雰囲気、米国のアクセントが残る優しげな語り口などから、しばしば誤解されるが、強い信念を持つケネリーは実は気の強さ、タフネスさでも知られる。

夫のベンは豪州の著名な作家の甥で、ベン自身一時州閣僚の顧問を務めるなど、政治の世界には強い興味を抱いている。子どもは男の子が2人である。庶民的で運動好きなケネリーは、州議員時代には自宅から自転車で議会に通っていた。

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