ブリジット・マッケンジー国民党副党首

政界こぼれ話人物編 その207

ブリジット・マッケンジー国民党副党首

国民党のブリジット・マッケンジー副党首は、1969年12月27日にVIC州のアレクサンドラで誕生している(48歳)。父親は酪農家で、母親は小学校の教師であった。メルボルン郊外の私立学校に進学したが、そこで水泳部のキャプテンを務めるなど、当時からリーダーシップを備えたスポーツ・ウーマンであった。高校卒業後すぐには大学に進学せず、若い時代に結婚し子どもも生まれてから、「成人学生」としてディーキン大学に入学している。大学では応用科学の学士号に加え、教職の免状も取得。また2003年には、政治家の経歴には頻繁に見られる、大学学生自治会の会長も務めている。

ただ、マッケンジーが政治の世界に関心を抱き始めたのはもっと早く、18歳の時に国民党に入党している。ディーキン大学の自治会会長となった03年から3年間は、国民党VIC州支部のジュニア副会長も務めている。04年連邦選挙では下院から出馬したものの、落選の憂き目を見た。それから6年後、10年連邦上院選挙に出馬して見事当選し、翌11年7月1日からVIC州選出国民党上院議員として活動を開始。16年選挙でも再選を果たしている。

13年9月から14年6月までは国民党上院院内幹事、すなわち「ウィップ」のポストにあった(注:所属議員を議会に出席させ投票を支持する役目。「ウィップ」とは鞭の意)。

その後は陣笠議員に過ぎなかったが、昨年末にマッケンジーに一大転機が訪れている。それは、二重国籍問題でナッシュ国民党副党首が上院議員を辞職したことに伴い、昨年の12月に実施された国民党副党首選挙で、マッケンジーが6人の候補者を破って副党首に選出されたことであった。「マッチョ」的政党の国民党の副党首に女性が就任したのは、前任のナッシュに続きマッケンジーが2人目である。

周知の通り、国民党は自由党と連立協定を結んで保守連合を形成しており、保守連合が政権党である場合は、国民党党首には副首相のポストが、そして副党首には閣内大臣のポストが保証されている。その結果、つい3カ月ほど前には陣笠議員に過ぎなかったマッケンジーは、一挙に閣内の地方保健相兼スポーツ相兼地方通信相に就任し、現在に至っている。

思想、信条だが、「イデオロギー・スペクトラム」では主要政党の中で最も「右」に位置するのが国民党であり、したがってマッケンジーも強硬右派に分類される。例えば昨年後半に大きく注目された、同性愛者間婚姻の法的認知問題でも、マッケンジーは強く反対の立場であった。人柄だが、明朗快活なスポーツ・ウーマンであることから、とりわけ地方在住層には人気が高い。国民党議員らしく趣味は射撃や狩猟で、マッケンジーは何丁もの散弾銃を保有しているばかりか、議会射撃愛好家サークルの活動にも関与している。離婚した夫との間に4人の子どもがいるが、現在の恋人は隣国NZの現役国会議員である。

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