マイケル・マコーマック国民党党首

政界こぼれ話人物編 その208

マイケル・マコーマック国民党党首

国民党のマイケル・マコーマック党首(注:兼副首相兼インフラ・運輸大臣)は1964年8月2日、NSW州の地方都市ワガ・ワガで誕生している(53歳)。実家は農家であった。高校を卒業後、大学には進学せずに、地元の有力紙であるデイリー・アドバタイザー紙の見習い記者となっている。すぐにジャーナリズムの世界で頭角をあらわし、91年、すなわち弱冠27歳の時には同紙の編集長に就任している。

当時の全国の日刊紙の中でも、マコーマックは最も若い編集長であった。ただ2002年には解雇され、退職してからのマコーマックは、小さなメディア・出版ビジネスを共同で立ち上げ、しばらく同ビジネスを経営していた。

一方、政治の世界にも関心を抱いていたマコーマックは、地元リバリーナ連邦下院選挙区の国民党支部でも活発に活動し、結局10年8月の連邦選挙に国民党から出馬して、初当選を果たしている。16年7月選挙後の第2次ターンブル保守連合政権の組閣では、閣外の小ビジネス相として初入閣を果たし、その後は閣外の退役軍人相などを歴任した。

ところが今年に入ると、ジョイス国民党党首が「不倫」スキャンダルで辞任するという政変劇が発生。それに伴い、2月26日に実施された党首選挙で、マコーマックが下馬評通り新党首に選出され、現在に至っている。

マコーマックの信条、思想であるが、国民党は自由党の「右」に位置する政党である。したがってマコーマックも、社会政策分野では強硬右派である。実際にマコーマックは、ジャーナリスト時代の93年に、同性愛者を誹謗中傷する記事を書き、大いに物議を醸したという経緯がある。その件に関しては、政治家となってからも謝罪や釈明を余儀なくされてきた。

人柄だが、須(すべか)らく派手で騒がしくもあったジョイスとは異なり、口数が少ない、あるいは地味と言われてきた。ただジャーナリスト出身者であるだけに、議論には強いし、実はコミュニケーション能力もそなえている。マコーマックに必要なのは、これまで以上に有権者に積極的に語り掛けることであろう。

一方、やや地味とは言え、決して堅物タイプではない。例えば、マコーマックは米国人歌手のエルヴィス・プレスリーの大ファンであるが、NSW州の田舎町で毎年開かれる「プレスリー祭り」には、プレスリーの舞台衣装を着て参加したりしている。

趣味は競馬、ラグビーやクリケットなどのスポーツで、地元の草クリケット・チームで今でも頻繁にプレーをしている。酒はほとんど飲まない。マコーマックは記者時代から戦史や軍事史、とりわけ第1次世界大戦史に強い関心を寄せてきた。歴史への強い興味、そしてジャーナリスト出身ということもあって、マコーマックは膨大な「ザ・タイムズ」紙のコレクションを個人的に所有している。これは、ロンドン以外では世界でも最大級のものと言われる。

家族は細君のキャサリンと、2男1女の成人の子どもたちである。

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