ケリン・フェルプス下院議員

政界こぼれ話人物編 その215

ケリン・フェルプス下院議員
Kerryn Phelps

NSW州ウェントワース連邦下院補欠選挙に無所属で出馬し、初当選を果たしたケリン・フェルプスは、1957年12月14日にシドニーで誕生している(60歳)。父親は冷蔵庫の技士、母親は後に地方自治体評議会の議員や副市長を務めている。フェルプスの政治への一貫した関心は、この母親からの血と言えよう。フェルプスにはテレビ俳優の弟がいる。

シドニー大学医学部を卒業。卒業後は開業医(GP)としての診療活動はもちろんのこと、テレビ、ラジオ、雑誌などを通じて、健康問題や医療問題の評論家としても大活躍している。こういった活発な活動により、80年代後半から90年代にかけてのフェルプスは、既に相当な有名人であった。99年には開業医の強力な圧力団体である、豪州医師会(AMA)のNSW州支部会長に就任。翌年にはAMAの全国会長に選出されている。女性の全国会長は、フェルプスが第1号であった。3年間のAMA全国会長時代には、医療過誤補償の問題が大きくクローズアップされ、政治問題ともなったが、フェルプスは見事なリーダーシップを発揮している。一方、歯に衣着せぬ会長時代のフェルプスは、保守連合の連邦保健大臣としばしば激しい舌戦を繰り広げていた。

関心を抱いてきた政治の世界に遅まきながらも入ったのは、2016年9月のことで、フェルプスはシドニー評議会の議員に初当選している。そしてシドニー市長のモーアの後押しもあって、直後にはシドニー副市長にも就任した。ところが、モーアとの関係はすぐに齟齬(そご)を来たし、結局フェルプスは1年後には副市長ポストを降りている。その後もシドニー市評議会に留まっていたフェリプスだが、10月20日に実施されたウェントワース補選に出馬し、歴史的な大金星を挙げ、現在に至っている。

思想、信条だが、経済分野では保守的な経済合理主義者と言えるが、社会政策分野では極めて進歩的である。地球温暖化問題やボート・ピープル問題、とりわけナウルの外地難民審査施設に抑留されている子どもたちに重大な関心を寄せている。またフェルプスは同性愛者であり、これまでも同性愛者への差別撤廃運動や、同性愛者間の婚姻の法的認知といった、権利増進運動に深く関わってきた。また全国医師会の幹部時代から、先住民の健康、医療問題にも重大な関心を寄せてきた。この点でフェルプスは、労働党の左派ばかりか、極左のグリーンズ党とも「親和性」を持つ。

人柄だが、エネルギッシュな人物で、これまでテレビやラジオで鍛えられたこともあってか、非常に弁が立つ。連邦政治家としては駆け出し、それどころか最も経歴の短い連邦政治家ではあるものの、早くも存在感や貫録を示している。フェルプスは離婚した男性との間に1男1女をもうけている。現在のパートナーはユダヤ系、元小学校教師のジャッキーという女性で、2人の間に若い娘がいる。

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